10月号文芸評論家 末國善己 Suekuni Yoshimi合戦ではなく外交に着目した新境地 (1/2) |AERA dot. (アエラドット)

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文芸評論家 末國善己 Suekuni Yoshimi
合戦ではなく外交に着目した新境地

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 赤神諒は、2017年、九州の戦国大名・大友家のお家騒動を題材にした『大友二階崩れ』で第九回日経小説大賞を受賞してデビューした。それからの活躍はすさまじく、大友家の歴史をたどる“大友サーガ”を四作、応仁の乱期の忍者の戦いを描く『神遊の城』、越前の朝倉家を最後まで支えた知られざる名将・山崎吉家を主人公にした『酔象の流儀 朝倉盛衰記』などを立て続けに発表している。戦国の合戦ではなく外交戦に着目した新作『計策師』は、歴史小説の新たな旗手となった著者の新境地を開いたといえる。

 タイトルにある計策師は、調略や外交を行う架空の役職で、武田家の戦略・戦術など軍学をまとめた『甲陽軍鑑』が、軍法の基本を「武略、知略、計策」としたことに由来している。豊臣秀吉の軍師だった黒田官兵衛は、小田原征伐の時、北条氏政・氏直父子を説得し小田原城を無血開城しているので、計策師は軍師に近いといえる。戦国の軍師は、縁起をかつぐため合戦の日時などを占う陰陽師や易者から参謀的な役割に変わったとされるので、著者は時代考証を踏まえて渉外の実務を担当する計策師を生み出したように思える。
 物語は、天文20(1551)年、武田晴信(後の信玄)の命を受けた計策師の向山又七郎が、落城寸前の平瀬城に入る場面から始まる。信濃を手に入れるため守護職の小笠原長時を追い落とした晴信は、その後も家臣団を合戦でねじ伏せたり、調略で寝返らせたりしていた。その残党が落ち延びた平瀬城では、小笠原家への忠義が厚い平瀬義兼、側近で猛将の平瀬玄馬のもと、武田家に徹底抗戦し散り花を咲かせようとしていた。平瀬城の士気が高いと見た晴信は、損害を少なくするため又七郎を送り込んだのである。

 武田家への怨念、味方を切り崩した計策師への憎悪が渦巻く平瀬城に入った又七郎は、幼く純真な義兼の娘・薫と仲良くなり調略の足掛かりを作る。ここから又七郎は、交渉の方法、条件提示の手順を少しでも間違えれば死が待ち受けている状況で、壮絶な心理戦、頭脳戦を繰り広げていき、静かながら圧倒的なサスペンスがある。

 作中には、つまらない話でも三つに整理して列挙すればもっともらしくなるので「要点は三つにまとめよ」、すべての紛争はすぐに解決する必要はないので、焦らないのも戦略であることから「知恵なきときは、先延ばしせよ」といった計策師の心得が出てくる。弁護士でもある著者らしく、又七郎が語る交渉の要点は、現代でも使えそうなものばかりなので、ビジネスパーソンは参考になるのではないか。


(更新 2019/10/ 1 )


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