「鳥獣人物戯画」略して「鳥獣戯画」は、平安時代末期の鳥羽僧正覚猷(かくゆう)作と目される、全四巻の墨画絵巻である。京都は高山寺(こうざんじ)に伝わり、現在は国宝として京都と東京の国立博物館に寄託保管されている。テレビや学校教科書などで紹介されてきたこともあり、兎と蛙の相撲や猿が袈裟を着て読経するあたりの場面は広く知られている。

 擬人化された動物たちのキャラクター性や生き生きとした動作、あるいは人間社会への風刺精神などから、細木原青起『日本漫画史』(1924)以来、この「鳥獣戯画」を日本漫画の起源と評価する声も多い。

 ただし当然ながら、何らかの〈起源〉は対象となる定義次第でその位置が変わる。かりに漫画を複製大量印刷物の一種と定義すれば一点ものの絵巻である「鳥獣戯画」は対象外になるし、キャラクター性や風刺に着目すれば対象に入る。要するに、どの〈起源〉が正しいかとかどちらの方が古いかよりも、そこに〈起源〉を置くことでその歴史がどれだけ豊かになるのか、が肝心なのだ。

 ……といった、日本漫画史を巡るこれまでの議論を見事に吹き飛ばしてくれたのが本書である。以下、動物四コマ漫画と漫符(漫画特有の記号表現の総称)解説を並置した構成による本書の特長を、二つの観点から説明したい。

 一つは、「鳥獣戯画」という史料の活用方法の卓越さだ。

 この国宝の絵巻が日本漫画の始祖かどうかは別にして、八百年以上の時を超え、兎や蛙たちが「戯画町」の住人として生き返ったことは、漫画史上の事件であろう。『ぼおるぺん古事記』において文字通りボールペンで太古の神々を蘇生させた作者が、今度は筆で成し遂げた快挙である。もちろん以前にも同様の試みはあった。だが「鳥獣戯画」の再生であり二次創作でもある本書の面白さや発想の柔軟さは、史料の活用方法として群を抜いている。

 特にもともと「目が点」だった動物たちをあれだけ表情豊かに描けたのは、作者の妙味あふれる筆致ならではだ。それだけに、原典には登場しない大きな瞳の人魚も印象深かったし、動物たちが白目になった場面にはつい笑ってしまった。また、同じ動物なのに絵巻では四足のままで気の毒だった猪が二本足で立っていたのも妙に嬉しかった。

次のページ