【「本屋大賞2021」候補作紹介】『52ヘルツのクジラたち』――虐待を受ける少年とかつて虐待を受けた女性の魂のふれあいを描く 〈BOOKSTAND〉|AERA dot. (アエラドット)

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【「本屋大賞2021」候補作紹介】『52ヘルツのクジラたち』――虐待を受ける少年とかつて虐待を受けた女性の魂のふれあいを描く

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『52ヘルツのクジラたち (単行本)』町田 そのこ 中央公論新社

『52ヘルツのクジラたち (単行本)』町田 そのこ 中央公論新社


 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2021」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、町田そのこ著『52ヘルツのクジラたち』です。

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 2016年、短編『カメルーンの青い魚』で新潮社が主催する「第15回女による女のためのR-18文学賞」の大賞を受賞した町田そのこさん。『カメルーンの青い魚』は、翌年の2017年に短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』に収録され、話題のデビュー作となりました。そんな町田さんの初の長篇小説となるのが『52ヘルツのクジラたち』です。


 主人公は貴湖(きこ)という女性。彼女がひとり、東京から九州地方の一軒家に引っ越してきたところから物語は始まります。


 昔、祖母が住んでいたことがあるという縁でやってきたこの土地は、とても小さな田舎町。新参者の貴湖に対し、「ヤクザに追われて逃げてきた風俗嬢ではないか」という根も葉もない噂が駆け巡ります。


 そんな中、貴湖はある雨の日、薄汚れた格好をした少年と出会い、とっさに家へと連れて帰ります。話すのが不自由なこと、体に多くの痣があることから、日常的に虐待を受けていると気づくのです。


 実は、貴湖自身も実母と継父から長年にわたって虐待を受けてきた過去を持ちます。少年が家族から「ムシ」と呼ばれていることを知り、かつて自分が「アンさん」に救ってもらったように、貴湖も少年を助けたいと思うようになります。


 冒頭では、貴湖がなぜこの町にやってきたのか明かされていません。彼女がたびたび心の中で呼びかける「アンさん」という人物が誰なのか、どういういきさつで「アンさん」と会えなくなってしまったのか。読み進めるごとに、読者はだんだんとその壮絶なストーリーを知ることとなります。


 タイトルにもなっている「52ヘルツのクジラたち」とは、普通のクジラの周波数とはまったく異なる、52ヘルツの高音を出すというクジラのこと。「その声は広大な海で確かに響いているのに、受け止める仲間はどこにもいない。誰にも届かない歌声をあげ続けているクジラは存在こそ発見されているけれど、実際の姿は今も確認されていない」(本書より)のだそうです。


 それは本書に登場する、孤独を抱える人たちとよく似ています。児童虐待、育児放棄、トランスジェンダー、親の介護要員といった現代社会における問題が描かれている本書からは、社会的マイノリティとされる人々の声にならない声が聞こえてくるかのようです。


 もうひとつ、本書の鍵となるのが「魂(たましい)の番(つがい)」という言葉。作中には、「第二の人生では、キナコは魂の番と出会うよ。愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える」(本書より/キナコは貴湖の愛称)というアンさんのセリフが出てきます。人生のパートナーというと、恋愛で結ばれた男女関係を考えがちですが、そうでなくとも固い結びつきを持てる関係性がたしかにあることに、私たちは本書を通して気づかされるに違いありません。


 小説としての面白さがありながら、今の社会に存在するさまざまな問題を突き付けている本書。読んでいて心が痛むほどにつらい場面もありますが、孤独があるいっぽうで、愛情深い人たちとのつながりにより貴湖や少年が癒やされ、立ち直っていく様子もあり、胸を打たれます。


 貴湖と少年が迎えるがどんな結末を迎えるのか、みなさんも本書を読んで確かめてみてください。希望を感じさせる温かなラストに、読者は大きな救いを見出すことができるでしょう。


[文・鷺ノ宮やよい]


(記事提供:BOOK STAND)

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