アフリカ出身者として初めて日本の大学の学長に就任。ウスビ・サコ氏による初の自叙伝 〈BOOKSTAND〉|AERA dot. (アエラドット)

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アフリカ出身者として初めて日本の大学の学長に就任。ウスビ・サコ氏による初の自叙伝

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『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』ウスビ・サコ 朝日新聞出版

『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』ウスビ・サコ 朝日新聞出版


 2018年、京都精華大学の新学長に就任したウスビ・サコ氏。アフリカ系として初めて日本で大学の学長となった人物として、大きく注目されました。


 マリ共和国で生まれ育ったサコ氏が、どういう経緯で遠く離れた日本の大学で学長を務めることになったのでしょうか? それが詳しく綴られているのが、初となる自叙伝『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』です。


 1966年、マリの首都・バマコで、国家公務員の父親と専業主婦の母親のもとに生まれたサコ氏。優秀な成績で地元の名門高校へと進み、高校3年生のとき、バカロレア(大学入学資格試験)で奨学金をもらい、国外に留学することになります。しかし、その先はまったく予期していなかったアジアの国「中華人民共和国」でした。


 こうして中国で大学生活を送ることとなったサコ氏は、1990年に旅行で日本を訪れます。滞在中は、とにかく驚きの連続だったそうです。人が多いのに街に清潔感がある、穏やかで誠実な空気が流れている、多様性があっておもしろい――。さらに、専門である建築設計の研究も日本のスタイルのほうが自分に合っていると感じたことから、「よし、日本に行ってみよう」と決心。1991年3月に来日し、翌年の春から京都大学の研究生となりました。


 そしてサコ氏は、研究に励みつつ日本人女性と結婚します。子どもが生まれたあとは、息子を抱きながらゼミに参加し、研究室の仲間に保育園のお迎えを頼んだこともたびたびあったそうです。


 そんなサコ氏にとって、不思議でたまらないと感じることのひとつが、日本人の「迷惑をかけない」文化。マリには、迷惑をかけ合いながら成長していく「グレン(GRIN)」という青年団もあるほどで、「仲間同士だからこそ、お互いに『これは迷惑だろう』と承知した上で迷惑をかけ、迷惑を認め合う。迷惑をかけてなんぼの世界」(本書より)というのがサコ氏の考えなのです。


 このスピリットは、ずっと変わらずサコ氏の根底に流れているものといえるかもしれません。その後、京都精華大学の講師に就任したサコ氏は、学生たちととことん向き合う「サコゼミ文化」を築いていったり、若手教員たちで知識を共有し合うグループを作ったりと、精力的に活動を続けていきます。そこには、周りをどんどん巻き込みながら、互いに共生して成長していこうという姿勢が見てとれます。サコ氏は学生たちに、「他者との違い、文化の違い、宗教の違い、民族の違い、人種の違い、性的志向を含むさまざまな違いを、否定するのではなく、そこから学び、生き方の哲学や価値観を確立してほしい」(本書より)と伝えたいと本書で記しています。


 異なる文化で生まれ育ったサコ氏にとって、日本には「なんでやねん」がいっぱい。教育、カルチャー、夫婦や家族の形、国民性など、サコ氏の視点から見た日本の姿から、新鮮な気づきを得られる場面も多いのではないでしょうか? コミカルなタッチの文章もおもしろく、大阪弁を流ちょうに使いこなすサコ氏のキャラクターに、きっと皆さんも魅了されてしまうに違いありません。


(文・鷺ノ宮やよい)


(記事提供:BOOK STAND)

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