英米文学の翻訳を数多く手がけている柴田元幸氏。その柴田氏が90年代半ばに、様々な媒体に書き綴ったエッセイを一冊の本としたのが、本書『死んでいるかしら』です。本書は1997年に単行本化されていましたが、この度、未収録作品を含め、17年の時を経て文庫本化されました。



 全33編に及ぶエッセイは、食べ物、美術、文学、音楽......と様々な分野を扱っており、著者の造詣の深さを感じることができます。自身の翻訳した小説の話はもちろん、小説の中に登場する音楽の話といったように、ジャンルを自由に横断しながら、時にユーモアを交えて文章が次々と繋がっていきます。



 文学研究、そして翻訳と、本に深く関係している柴田氏ですが、本そのものについて思いを巡らせたエッセイも見受けられます。33編の内のひとつ「文庫本とラーメン」では、一冊の本を読むことと一杯のラーメンを食することは、たいして変わらない行為だと指摘しています。

 一見、意外な組み合わせのように思ってしまう本とラーメン。柴田氏はその真意について「音楽、絵画、映画、ダンス、その他文化的産物はみなそうだが、本もやはり、もっともらしい言葉(感想)にする前に、まずは『味わう』べきものだと思う」と綴っています。ラーメンを食べ「ああうまかった」と思うように、本に関しても「ああ面白かった」と、単純にまずは味わう行為を経ることが重要なのだそうです。

 さらに、このような本とラーメンとの関係は、とりわけ「文庫本」という本の種類において顕著に見られるのだと続きます。



「ラーメンと本の相似性は、特に文庫本を考えてみるといっそうハッキリする。その手軽さにおいても、また値段においても、両者は大いに通じるものがある。人々は、ラーメン屋にふらっと入るのとほぼ同じ気軽さでもって文庫本を手にする。(中略)ラーメンをすする気楽さで、感想文のことなんか考えずに文庫本を読む、これが一番である」



 柴田氏の言葉に倣って、是非この機会にラーメンをすする気楽さでもって、今回「文庫本」となった本書を読んでみてはいかがでしょうか。熟練された名店の味がするはずです。