春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「襲名」。

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 歌舞伎界で団十郎襲名披露興行が始まりました。名前が変わるって大変です。披露に向けた準備、挨拶、世間の声、勿論稽古などなど……正直「クソめんどくさい」と思います。団十郎丈は口が裂けても公にはおっしゃらないと思うので、私が代わりに言います。「襲名とか、超かったるいんだけどっ!!」。余計なお世話ですか、そうですね。

 落語界にも勿論襲名はあります。私は前座名を朝左久(ちょうさく)、二つ目昇進の際に師匠が「自分で好きな名前考えろ」と言うので、師匠・一朝の「一」を頂いて一之輔。前からある名前ではないので、襲名でなく「改名」です。11年前に真打ち昇進が決まったのですが、それがなんと披露興行開始の半年前でした。あり得んのです。普通は1年以上の時間をかけて御披露目の支度をするのです。半年じゃ名前なぞ変える余裕もないのです。決まってすぐに、とある師匠から、とある名前を勧められたのですが、「準備期間が半年しかないんですよ!(泣)」と断ってしまいました。あの時、無理して継いでたら今頃どうなっていたのか……でも噺家の襲名は遺族の許可を得たり、「クソめんどくさい」ことが多いので、まぁ、継がなくて良かったかも。

 大名跡とは違い……なんというか、よくわからないヘンテコな名跡を継ぐ『キラキラ襲名』もあります。師匠や先輩が「お前、アレ継げよ~」と半笑いで勧めてくるのです。継ぐと「えっ!? ホントに継いだの?」と真顔になるという。なんという無責任。現柳家一琴師匠は二つ目昇進の際、周りの勧めで『横目家助平』を襲名しました。よこめや すけへい。昔からある名前らしいので立派な襲名。ただ、結婚式の司会や堅い講演会などやりづらいみたいです。現台所おさん師匠(この名前もよっぽどですが)の前名は台所鬼〆。だいどころ おにしめ。おにしめ→おさん。料理名→作る人(おさんは女中さんの意)に出世したのです。彼は自ら進んで襲名したそうです。一見、噺家らしくない珍妙な名前でも、名乗っていくうちにそれらしくなるから不思議なものです。今は名乗る人はいませんが、落語界には「満洲亭馬賊(まんしゅうていばぞく)」「御船家(おふねや)ぎっちらこ」などなど、無責任に先輩が勧めてくるスパイスの利いた名跡が残っています。誰か継いでくれないかな。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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