6年前、近藤さんはダルクの大きな特徴をこう話してくれた。

「薬物依存に苦しんでいる人が、他の薬物依存者のサポートをする互助スタイルであることです。私だけでなく、ダルクのスタッフも全員が薬物依存経験者なので、克服するのがいかに大変かわかっています。依存者の気持ちに寄り添えるんです」

 これは、近藤さんが札幌時代にアルコール依存者の自助グループに入っていた時のミーティングプログラムがベースになっている。

「回復のために12のステップがあり、最後のステップは『他の依存者にも自分の経験を伝えるように』。自分だけ回復するのではなく、他の依存者にも回復の手順を順々に伝えていこうというわけです」

 田代受刑者が一時、ダルクの職員になったのも、そんな理由だからだ。

 ダルクの合言葉は「Just for today(今日1日だけを考えて生きる)」。

 田代受刑者は以前、この言葉をこう説明した。

「01年に覚醒剤取締法違反容疑で最初に逮捕されて以来、僕だって何十回、何百回と止めようと思いました。それでも完全に縁を切れないのが覚醒剤の怖さなんです。今でも正直言って、明日はわからない。だから、『今日一日使わない。止めよう』だけを考える。それを365回繰り返して1年。1日1日の積み重ねが大切なんです」

 ダルクは、今でこそ95カ所に施設があるが、開設にあたり地元の反対運動にさらされたところは少なくない。

 例えば、前出の「長野ダルク」。01年4月に長野県東部町(現東御市)に第一歩をしるしたが、すぐに移設を余儀なくされた。

「オウム真理教の一派ではないか?と警戒されたのです。反対の声が想定以上に大きいので、半年ほどかけて現在地に移転しました」(「長野ダルク」創設時から施設長を務める竹内剛さん)。

 暴力団元組員の竹内さんは、99年に覚醒剤取締法違反容疑で逮捕後、ダルクに入所。「俺を救ってくれた“オヤジ”」と公言するほど心酔した。近藤さんの人柄についてこう話す。

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最後までモルヒネのような麻薬性鎮痛剤に頼らなかった