中村吉右衛門さん
中村吉右衛門さん

 日本を代表する歌舞伎俳優、中村吉右衛門さんが11月28日に亡くなった。享年77歳。心不全だった。当たり役の一つが、「勧進帳」の弁慶。1986年のNHKの時代劇「武蔵坊弁慶」でも同役を演じた。義経役として共演した俳優の川野太郎さんが、今も脳裏に焼きつく「弁慶・中村吉右衛門」の姿を明かした。

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――訃報を知って、お感じになられたことは。

 ニュースで知って、「あっ!」と驚いて……。まだ胸がバクバクしている感じです。大恩人だったものですから。ショックです。

――ドラマ「武蔵坊弁慶」がお二人の出会いですが、吉右衛門さんのどんなお姿が印象に残っていますか。

 最初お会いした時は緊張しましたね。オーラがすごいし。当時、吉右衛門さんはまだ42歳。今の自分より20くらい下なのに、そうは思えないほどのオーラと貫禄、風格がおありになって。

僕はといえば、デビュー2年目で時代劇も初めて。何も知らない僕に、自分の経験や知識を惜しげもなく教えてくださいました。

 たとえば、「そなた」っていう言い方。僕は「冬のソナタ」のように「そ」にアクセントをつけて言っていたんですが、「時代劇では平板でアクセントをつけないのが正しいよ」って。その口調も、ほんとにソフトで。こちらを緊張させない雰囲気を常に出してくださる。なんていう人だろうと。人柄なんですね。

 僕、五条大橋で弁慶と義経が戦う有名なシーンの撮影で大けがをしたんですよ。天井からピアノ線で吊るされた状態で欄干の上を飛び回っていたら、ピアノ線が切れちゃって。そのまま救急車で運ばれました。

 その後復帰したら、「大丈夫? 無理をしないようにね」と、あたたかい言葉で迎えていただきました。演技をするときの迫力はすごいんですが、普段はこれだけ違うのか、と驚かされるくらい人間的で、優しい方でした。

 ――吉右衛門さんに今、伝えたいことはなんでしょうか。

 過去のインタビュー記事で、吉右衛門さんが「80歳で弁慶をやったら、あの世に行っても構わない」って仰っているのを読んだことがあって。ああ、それだけ弁慶に役者生命を懸けておられたのかと。

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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「弁慶という役が自身とイコールだったのかも」