写真は「水俣曼荼羅」から (c)疾走プロダクション
写真は「水俣曼荼羅」から (c)疾走プロダクション

──タイトルに「曼荼羅」とあるように、「患者」「支援者」といった枠で語れないユニークな人たちが次々と登場します。さきほど名前の出た、本大学の浴野さんもそうです。水俣病の認定にあたって「末梢(まっしょう)神経」の障害を基準とすることで行政は実質的に患者の枠を狭めてきた。その「基準」が根本的に間違っていたということを立証する研究を地道に続け「定年退職してもいくところがないんだよ」とぼやきながらも飄々(ひょうひょう)とされています。

「そう。いつも愚痴っぽいことをあっけらかんと話すんですよね」

──原監督らしいと思わせるのは、その浴野さんが患者さんの検査をする場面を、時間をかけて見せている。6時間もの大作となったのは、こうした細部の積み重ねでもありますよね。

「まあ、どういうテストなのかを説明するだけなら短くてすむんでしょうけど、水俣病の症状はまず感覚が鈍くなる。それで医者は針を指にあてるんです。血がにじみ出るくらいにして、やっと反応する。それでこのひとは水俣病なんだと診断する。ところが浴野さんは、感覚が鈍っているのは、神経に指令を発する大本の脳がやられているんだということを実証しようとしてきた。その際、医者だって、水俣病を背負っている患者の人生と向き合おうとするわけです」

 だから検査の合間に、患者一人ひとりの生い立ちに絡んだことを聞き、返ってくる答えも重要だと考えたという。

 ところで水俣病は「過去」ではなく、問題解決を先送りしたものだと知らされる場面がある。汚染された海は1990年に埋め立て、現在は運動公園となっている。汚染流出を防ぐため海岸には円筒状の鋼鉄板が打ち込まれ、50年の耐用年数があるといわれる。しかし老朽化の「不安」はどうなのか。原監督自身が海に潜り、撮影を試みている。

「あれは自分が見たかったから。ヘドロを埋め立てた壁が30年経って、現在どうなっているのか。このために潜水撮影のライセンスを取りました。50年の耐用年数があると言われても、ヘドロも完璧に除去されたわけでなく、泥を検査すると微量の水銀が含まれている。ある研究者は、不知火海は湾になっているから汚染されたものが外海と混じって希釈されるというのは10年、20年単位ではありえないと言うわけです。つまり、残り続けている。しかし国は根本的、抜本的な対策を打とうとしないというのが今の問題です」

次のページ