さいとう・たかをさん(撮影/加藤夏子)
さいとう・たかをさん(撮影/加藤夏子)

『ゴルゴ13』や『鬼平犯科帳』で知られる漫画家のさいとう・たかをさんが亡くなった。インタビュー経験があるコラムニストの石原壮一郎さんが、その功績や職業観などを綴る。

【「ゴルゴ13」のイラストはこちら】

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「私たち漫画家は、読者に先にお金をもらう。その分は楽しませるのが仕事。わかってくれる人だけわかってくれればいいでは、職業とは言えない。娯楽こそ命というのを忘れたら、その世界は成り立たなくなります」

 約3年前、本誌「もう一つの自分史」の企画でさいとう・たかをさんにインタビューしたときに、こう語っていらしたのが印象に残っています。「娯楽を提供する職人」であることに使命感とプライドを持ち、読者の期待に応え続けたまま、9月24日、84年10カ月の生涯を閉じました。

 漫画が今のように「大人が当たり前に読むもの」になったのは、彼が60年以上前から「必ずその日が来る」と信じて、地道に道を切り開いてくれたおかげです。そして、魅力的な漫画作品がたくさん生み出されているのは、さいとうさんが作り出した「分業制度」が広まったからこそ。いわば、漫画の世界に「産業革命」を起こしたわけです。

 もし漫画家以外の道があったとしたら、何をやってみたかったか? 即座に「映画監督だね」と返ってきました。漫画家になってから「映画を撮らないか」という話もあったものの、忙しくて実現しなかったとか。「作るとしたら徹頭徹尾、娯楽作品にしたい」とも。

「陶芸家もいいな。土の感触が好きだから。ウチを辞めたあと、映画監督になったヤツもいれば、陶芸家も小説家もいる。俺がやりたいことを全部代わりにやってるのは、ちょっと悔しいよね」

 別の道に進んだとしても、きっと多くの人を楽しませる作品を創り出したことでしょう。

 漫画の分野で、やり残したことはないのか。この先、未知のジャンルの漫画を描くとしたら?

「ハハハ、そういうことを聞かれる年齢でもないけど、体力が続くようなら、幼年向けの漫画を描いてみたい。アンパンマンやドラえもんみたいな。ただの夢だけどね」

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