「自分たちの芸人としてのステージ(段階)を完全に勘違いしてまして……。俺らを2回戦で落として、誰も得しないやろっていうね。とにかく、立場をわかってなかった」(濱家)

 そうして心を入れ替えた2人は、翌16年にキングオブコントで初めての決勝進出を果たしたほか、17年のM‐1グランプリでも決勝に進出するなど、いろんなことが「大分変わった」(山内)と振り返る。

 18年には拠点を東京に移し、次なる“大波”もやってきた。今度の主人公は、濱家だった。

「(東京での)仕事が増えだしたのは、僕が『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で、今までと違う、いじられ方をするようになってからじゃないすかね。そこで、ボキボキに鼻を折られたというか、いじられキャラになったというか……。それまで、どう扱っていいかわからへんヤツ、って感じだったと思いますけど、ロンハーで、こういう感じでやってみたら?という自分の“説明書”を作ってもらったのかなって」(濱家)

「そうそう。急に大阪時代と違う感じでいじられて。説明書を作ってもらったというより……説明書のとおりに濱家が変化していったって感じかな。大阪のときは劇場の一番トップにいたんで、後輩からも恐れられていて、いわゆる兄貴キャラですよ。MCもずっとしてましたし、いじられるっていうより、いじる側。濱家にいじられていた大阪の後輩は多分、びっくりしたでしょうね」(山内)

 ここ数年は、東京で2人そろっての仕事も増えている。

「いやほんと、最近上京した芸人のなかでは群を抜いて『劇的ビフォーアフターを果たした芸人』の第1位だと思う。何ということでしょう、というね。どっちが好きか? いや、根本は変わってないんです。でもその劇的な改築に耐えたっていうのが、濱家のすごいところ。柱がしっかりしてないと、壊れますから。相方のことをどう思うか聞かれると、『とにかく背が大きい』と答えてきましたけど、最近は、そこですよね」(同)

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