ライター・永江朗氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『コード・ガールズ』(ライザ・マンディ著 小野木明恵訳、みすず書房 3960円・税込み)を取り上げる。

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 山本五十六を殺したのは鉛筆を持った女たちだった! なんていうと異世界ファンタジーかと思われそうだが、ライザ・マンディの『コード・ガールズ』は第2次世界大戦で暗号解読に従事した女性たちについてのノンフィクションである。彼女たちは日本軍の暗号も解読していて、連合艦隊司令長官・山本五十六の行動計画も筒抜け。山本の搭乗機は米軍に待ち伏せされ、撃ち落とされたのだった。

 暗号解読に従事したのは、高い教育を受けた優秀な女性たちだった。愛国心が強く、口が堅かった。しかし、当時のアメリカには彼女たちの就職口がなかった。そこに軍は目をつけた。1万人以上の女性がワシントンに集められ、日本やドイツの暗号解読に取り組んだ。

 もちろん容易なことではない。解読する鍵を求めてコツコツと粘り強く、そして天才的なひらめきと。ぼくは2本の映画、アポロ計画におけるアフリカ系女性スタッフを描いた『ドリーム』と、ドイツの暗号を解読した数学者アラン・チューリングを描いた『イミテーション・ゲーム』を連想した。

 著者は機密解除された膨大な資料を読み解き、存命中のコード・ガールズにインタビューし、この大作を書き上げた。これまた粘り強い仕事だ。

 考えさせられることは多い。当時のアメリカでも根強かった女性差別や人種差別。軍隊内での差別と偏見。動員された女性たちのモチベーションの高さ。そもそも総力戦における国民の動員とは何か。解読によって守られた命と失われた命。

 今年は真珠湾攻撃から80年、満州事変から90年。まったくバカな戦争をしたものだとつくづく思う。

週刊朝日  2021年9月24日号