「深刻な心不全に陥った心臓を切り取り、『置換型人工心臓』を植え込むことで、約1年以内であれば生命を維持できます」

 ただし事例は世界でもまだ千件ほどで、日本ではゼロだという。あくまで心臓移植を受けるまでの“つなぎ”として、欧米のごく限られたケースで使われているのが現状だ。

 人工心臓には自身の心臓を残したまま使う補助人工心臓というタイプもある。こちらは国内で約3千件の事例があり、最長9年間生きた人もいる。

 補助人工心臓は、心臓を体外や体内に設置したポンプにつなぎ、血流を生み出す。体内型の場合、ポンプは船のスクリューの原理で血液を流す、ドクドクと拍動しないタイプが主流。脈は測定できないほど弱くなるが、激しい運動をしなければ問題なく日常生活を送れる。健康保険適用後の価格は50万円以下だ。

 ケーブルがおへその横から外にのびており、持ち運び可能な電源とコントローラーに常時つないで生活する。ケーブルが通る傷口から細菌感染が起こるリスクはあるが、今後は改善されそうだ。

「ケーブルがない完全植え込み型の開発が進んでいる。5年後には実用化できている可能性がある」(小野教授)

 人工臓器の技術は日進月歩だが、前述のとおり、すい臓や肝臓のような複雑で多機能な人工臓器をつくって体に植え込むのはまだ難しい。近年話題のiPS細胞も、さまざまな種類の細胞を複雑な形の臓器として組み立てる技術は確立されていない。

 そこで注目されるのが、細胞と人工材料を組み合わせた「ハイブリッド臓器」。500種類以上の化学反応を行う肝臓では、人工の構造体にブタの肝細胞を付着させた体外式の人工肝臓がすでに製品化している。今後はiPS細胞で生み出した人間の肝細胞による人工肝臓が期待されている。

 妙中さんは、人生120年時代の到来を見すえる。「人工臓器とiPS細胞が両輪で進歩し、複雑で高度な機能を果たすハイブリッド臓器が広まれば、人々の寿命や健康寿命が延びる可能性は十分ある」

(福光恵/本誌・秦正理、大谷百合絵)

週刊朝日  2021年7月23日号

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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