「生きて帰れるとは思わなかった」鈴々舎馬風(81)のコロナ闘病体験 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「生きて帰れるとは思わなかった」鈴々舎馬風(81)のコロナ闘病体験

由井りょう子週刊朝日#新型コロナウイルス
鈴々舎馬風 (OP写真通信社)

鈴々舎馬風 (OP写真通信社)

クラウドファンディングでの寄付を呼びかける(左から)春風亭一之輔・柳亭市馬・春風亭昇太・三遊亭小遊三 (c)朝日新聞社

クラウドファンディングでの寄付を呼びかける(左から)春風亭一之輔・柳亭市馬・春風亭昇太・三遊亭小遊三 (c)朝日新聞社

 新型コロナに感染し、容体が案じられていた落語協会最高顧問、五代目鈴々舎馬風師匠が復活した。齢81にして「俺も、いよいよかな」と覚悟したという闘病体験を、臨場感たっぷりに話してくれた。

【写真】クラウドファンディングでの寄付を呼びかける春風亭昇太さんら

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「朝、目を覚ますと、窓の外が明るいでしょう。まだ明るい光が見えるぞ。ああ、俺は生きていたんだなあ、と」

 落語協会最高顧問の噺家、鈴々舎馬風師匠(81)が体調の変化を感じたのは、1月15日のこと。

「なんだかだるくて、熱っぽい。正月の疲れが出て、風邪ひいたんだろう、でも、2、3日休めば治るだろうって深刻に考えなかった。熱だって37度5分から38度の間だしね」

 ところが17日夜に若手の落語家数人が新型コロナウイルス陽性者になったという知らせが。

「かみさんと娘にタクシーに押し込まれて、かかりつけの帝京大学附属病院に行ったんですよ」

 同病院は師匠であった先代柳家小さんのかかりつけで、自らも50代で脳梗塞を患って入院以来、定期的に通っている。唾液や血液など一通り採取、結果は翌朝と言われ、念のために入院することに。

「入院もコロナもまさかでね。朝には家に帰れるだろうと疑いもしなかった。ところが、朝になったら看護師さんがすっとんできて、『陽性でした』。あとは防護服着たスタッフに連れられて、隔離病室へ。大きな赤いバッテンの描かれた鉄の扉の中へ送り込まれたんで、やばいな、と」

 濃厚接触者となった妻の高子さんも陽性だったが、症状は軽く、自宅療養。携帯電話を家に置いたままの師匠は、誰とも連絡がとれず、医師や看護師はみな防護服なので、顔が覚えられないし、表情も見えない。孤独感がつのっていく。

「俺も、いよいよかな、子どもやかみさん、弟子に遺言を書いておこうと思ったよ。内容は感謝の言葉に尽きますよ。これまでありがとう、って」

 しかし、体調は特に悪くも苦しくもなく、食欲もあった。食事は、スーパーでよく見かけるような弁当が供された。普段家では食べる機会がないのでめずらしくて、それなりに食べた。


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