「ステージの上ではドレスを着て、スポットライトを浴びて歌っているけれど、そこを離れたときには、今の現実や日常生活を、ちゃんと受け止めて暮らしている人間でいたい。そうでないと、私が何かを発信するときの説得力や裏付けがなくなるような気がしてしまう」

 偽物にならないようにと思って歌ってきた。その、地に足のついた考えはどこから来ているのかと訊ねると、「うちが本当に普通のうちだったせいでしょうね」とポツリ。

「私が高校生でデビューした頃は、若手はとくに、家がすごく貧しいとか、お母さんがハンディキャップを持っていて苦労したとか、普通とは違うバックボーンがある歌い手が多かったんです。若くても、その背景にストーリーが求められていた。そんな時代に、私はとても普通でした。自分がわかりやすい不幸を背負っていないことを憂えたこともあったくらい(笑)。でも、歌手としては本当に芽が出なくて、とんでもない挫折を味わいましたけど」

(菊地陽子 構成/長沢明)

由紀さおり(ゆき・さおり)/群馬県出身。1969年「夜明けのスキャット」でデビュー。歌手として活躍する一方、女優として映画、ドラマにも出演。映画「家族ゲーム」では毎日映画コンクール助演女優賞を受賞した。86年から、姉・安田祥子と、美しい日本の歌を次世代に歌い継ぐ活動を続ける。2011年、米ジャズオーケストラとのコラボアルバム「1969」が世界的ヒットに。自伝に『明日へのスキャット』(集英社)。

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週刊朝日  2021年6月11日号より抜粋