※写真はイメージです (GettyImages)
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 作家の片岡義男さんが選んだ「今週の一冊」。今回は橘永久氏、ジェフリー・トランブリー氏の著書『日本人の9割がじつは知らない英単語100』(ちくま新書/800円・税抜き)。

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 本書の縦幅のほぼ半分を覆って帯が巻いてある。その帯の左のスペースに五つの「英単語」があげてあり、それぞれの言葉の意味が、「右の日本語のどれに当てはまるか」と問う。

 doctorはドクターと片仮名書きされて日本語になって久しい。このドクターに、「改ざんする」という意味があるのは、たとえば百人の日本人がいるなら、そのうちの九十人は知らない、と著者は言う。「人をだます目的で情報や数値を書き変える」という意味がドクターにはある。

 squareという単語もあげてある。「四角い」という意味なら知ってる人は多いかな、と僕は思う。業界によっては、スケアという日本語になってもいる。このsquareに「イケてない」という意味があるのを知っている人が、どのくらいいるだろうか。

 著者の橘永久とジェフリー・トランブリーが言う『日本人の9割がじつは知らない英単語100』とは、かけはなれたように思える意味がふたつ以上ある言葉に、ただひとつの意味を強引にあたえ、それを自己強制的に暗記するという、日本でいまもおこなわれている英語の勉強のしかたがもたらす、弊害のことだ。

 単語カード、というものがある。大人の指二本分くらいの大きさの白いカードが百枚ほど、金属の輪で束ねてある。そのカードのおもてにたとえばdoctorの一語を書き、その裏に、医師、という意味を書く。学生は暇さえあればこのカード帳をとりだし、指先でページを繰りながら、かたっぱしから暗記する。

 これは、戦後の日本における英語の勉強法のひとつとして標準的なものであり、世のなかに認められてもいる。「じつは知らない」ことの元凶が、じつはこの国では標準なのだ。

 著者があげる「じつは知らない英単語100」のいちばん最初にあるのは、addressという単語だ。これはアドレスとしてとっくに日本語になっている。宛て先としての住所、というような意味だ。しかし、「問題としてとりあげて言及する」という意味もこの言葉にはある。

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