杉村 クラスは2か月コースで、受講生募集など含め約4か月前から予定が組まれるのですが、彼女は「すぐに正社員に戻してほしい」「土日だけクラスを持ちたい」「事務職にしてほしい」と言って、男性上司との面談で押し問答が続きました。そこで彼女が「もし上司の(国際結婚して日本に来た)妻が自分の立場だったらどうか」と尋ねた時の発言でした。こうした一連の流れがあったことから、高裁は男性上司の発言を「不適切ではあるが、仕事を辞めて男性上司の留学に同行した妻の件を原告がわざわざ持ち出した質問に応じて個人の見解を述べたもの」と判断しました。彼が生後間もない兄を亡くしていたことも影響した発言です。彼が彼女に謝罪した後もこの発言は使われ続けました。

―― 高裁で係争中の18年末、省庁や大手企業に並んで民間団体による「ブラック企業大賞」にまでノミネートされました。

杉村 ここまで話が拡大してしまうものかと、心底、絶望しました。彼女が「決まった」として正社員復帰の交渉をした保育園に申請すらしていなかったという新証拠が手に入った頃のことです。ブラック企業ノミネートはボディブローのようにきいてきました。男性上司はマスコミ報道のショックもあり、高裁審議を見届けて辞めていきました。会社の名誉も毀損され、有形無形で失ったものは大きかったです。

―― この“マタハラ裁判”が問いかけたものは何だと受け止めていますか。

杉村 こうした問題が起こった時、企業によっては「とにかく早く解決したい」「トラブルを表に出したくない」という一心で内々に収めるために金銭解決することもあります。途中、和解の話がありましたが、和解によって問題をうやむやにしたくなかった。社会的には企業のほうが強い立場かもしれませんが、企業にとっても司法でなければ正しい道筋のなかで解決しないことがあり、この裁判がそれを示したのだと考えています。

 創業から30年、「人々の人生を輝かせる」ことを目的にして教育分野の事業をするなか、理念と相反するハラスメントなどあってはならない。当社は社員をメンバーと呼びます。今後も同じチームの仲間として、性別も年齢も関係なく個々の魅力を活かして仕事ができるよう協力し合っていきたい。

 労働紛争について会社側に必ずしも知識や経験があるとは限りません。私も不慣れで学ぶべきことがいろいろありました。今ならきっと彼女とよりよい話し合いができたのではないかと思います。この裁判を通して、世の中からハラスメントで困る人がいなくなるよう努める役割があると、強く感じています。

(労働経済ジャーナリスト・小林美希)

※週刊朝日オンライン限定記事

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小林美希

小林美希

小林美希(こばやし・みき)/1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年からフリーのジャーナリスト。13年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)、『ルポ 保育格差』(岩波新書)

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