春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
イラスト/もりいくすお
イラスト/もりいくすお

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「」。

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 ジロリは浅草演芸ホールの看板猫だ。いつも『テケツ』と呼ばれるチケット売り場でゴロゴロしている。ジロリはネコ系マスコミでも取り上げられたりする、かなりの売れっ子ネコ。寄席のお客さんからの人気もあり、日によっては出演者のなかで一番知名度があったりもする。

 お客さんはジロリを一目見ようとテケツの中を覗き込む。そんな期待の目なぞどこ吹く風でジロリは微動だにしない。時折窓口のカウンターに乗っていたとしても、愛敬を振りまくこともなくお客を値踏みするように「ジロリ」と睨みつける。その目力の強さが名前の由来らしい。可愛らしさと凛々しさを兼ね備えたハンサムネコ、それがジロリ。

 演芸ホールの楽屋にはこれまで掲載されたジロリの記事やスナップがこれ見よがしに貼られている。私がジロリだったら「ちょ、待って、勘弁してくださいよ~」とまんざらでもない顔をしてしまうだろう。ジロリはそんな表情をすることもなく今日もテケツで昼寝中だ。王者の風格。ポッと出の売れっ子ではない、「売れるべくして売れた男」と言っていいだろう。

 もともとジロリはネズミ退治のために演芸ホールにやってきた。これを読んでいるあなたの身の回りに「ネズミを捕まえる」ことを目的として飼われている猫はいますか? 今どき珍しい仕事人ならぬ「仕事猫」。閉館し最後の従業員が戸締まりをした後、ジロリは演芸ホール内に放たれる。浅草六区のあたりのネズミは私も何度か遭遇したことがあるが、大ぶりだ。暗闇を巡回し、見つけたら即座に捕らえる。今まで十数匹捕まえたという。ジロリが来てから演芸ホールでネズミを見かけなくなった。

 そんなジロリは芸人からも愛されていて、毎日のように芸人のSNSにジロリの写真がアップされ、それを見た人から「いいね」がバンバンつけられている。恐らく「ネコ好き」のあいだでも「浅草芸人をフォローしておくとジロリが見られる」と評判なのだろう。某後輩はジロリの写真を載せて数万の「いいね」がつき大変なバズりようだった。ジロリの「映える写真」は芸人をもバズらせ、知名度を上げる。みんなジロリを振り向かせるために必死。私もたまに覗くのだが、なかなか振り向いてくれない。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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