自決直前、薔薇の花束を抱えて現れた三島由紀夫に美輪明宏さんが聞けなかった「遺言」 【没後50年】 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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自決直前、薔薇の花束を抱えて現れた三島由紀夫に美輪明宏さんが聞けなかった「遺言」 【没後50年】

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美輪明宏さん(C)朝日新聞社

美輪明宏さん(C)朝日新聞社

1970年11月25日、東京・市谷の陸上自衛隊東部方面総監部のバルコニーから自衛隊員に向けて演説する三島(C)朝日新聞社

1970年11月25日、東京・市谷の陸上自衛隊東部方面総監部のバルコニーから自衛隊員に向けて演説する三島(C)朝日新聞社

 三島さんと最後に会ったのは、自決する一週間ほど前、あの人が大好きだった日劇の楽屋でした。珍しくたった一人で、正装で現れたんです。抱えきれないほどの深紅の薔薇を抱えて。メーキャップをしていたら、鏡越しに暖簾の向こうにズボンとエナメルの靴が見えたんです。「だれ?」と叫ぶと、「三島です」とゆっくり入ってきた。珍しくプライベートなことを話しました。きっと、これから自殺することを気づいてほしかったんだと思います。あのとき気づいていれば。

 そしてあの日、知人から舞台寸前の私に電話が入ったんです。テレビをつけると、三島さんがバルコニーで演説している最中だった。とうとうやったかと思いましたね。

 いま、三島さんは生きていなくてよかったと思いますよ。こんな時代を見なくてすんだから。

「文豪は年を取ってから世紀の傑作ができるときもある」

 と言ったら、彼は、

「自分は嫌だ」

 と言いました。

「床柱を背にして、紬の着物を着てふんぞり返っているようなのは、俺には似合わない」

 とね。(談)

※週刊朝日2000年12月29日号より


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