何十年来の盟友、山崎一が光っていた。彼が演じるのは最後まで有罪にこだわる陪審員。自分の息子との葛藤を容疑者の少年に重ね合わせる演技からは徐々に悲しみと切なさが滲み出て、物語の進行に従って客席の涙を誘い、この演目をカタルシスに導いていった。自らの偏狭さに気づき、無罪表明にいたるさまはさながらギリシャ悲劇のようだった。

「最高の演劇は、観終わった後に必ず、その人の物の見方がかわるものです」。ロンドンからリモート演出を行ったリンゼイ・ポズナーがパンフレット誌上で語っていた。彼はローレンス・オリヴィエ賞に輝く、当代きっての演出家だ。「演劇やアートは、自分自身や社会を見つめ直す手助けになるものです」

『十二人の怒れる男』はアメリカのテレビドラマが元になったが、折しも黒人への差別反対を訴える「ブラック・ライブズ・マター」のデモが連日ニュース画面に映し出されている。正義を追い求め、真実をどこまでも探る。多様であるからこその諍(いさか)いと葛藤、そして連帯の大切さを本作は教えてくれた。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

週刊朝日  2020年10月23日号

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