瀬戸内寂聴、21歳で嫁に行くも「切腹」したくなった?  (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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瀬戸内寂聴、21歳で嫁に行くも「切腹」したくなった? 

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週刊朝日
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。

瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

 半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

*  *  *
■横尾忠則「絵も小説も、業によって作品生まれる」

 セトウチさん

 実は今日五十五回目の手紙を入稿したばかりですが、五十四回目のセトウチさんの手紙が抱腹絶倒、本当に面白かったので、新たにその返事を先きに書くことにしました。

 寂庵は絵画塾みたいになって、部外者(失礼)までがセトウチさんの創作空間を浸蝕(しんしょく)し始めて、何(な)んだかコンフューズを起こし始めている様子ですね。秘書姉妹の存在がセトウチさんのペースを崩し始めているように映ります。しかもセトウチさんより、「上手(うま)い」ということになると許せませんよね。ウワッハッハッハッ。「絵を描くより、本来の持ち場の仕事をしっかりせえ!」と言って追い出すと、セトウチさんが困る。困りましたね。

 話は飛びますが、そんなこと(昔の話)があったんですか、写楽の小説を構想して、その資料を集めたものをゴッソリ小田仁二郎が持ち帰って、自分が「写楽」を書いた! いくらセトウチさんの元彼だとしても許せない。秘書姉妹も許せないけれど、片やプロ作家ですからね。貧乏人の小説家が「写楽」で莫大(ばくだい)な原稿料は稼ぐ。イライラしますね。だけど自分に合わない小説を書いているために、地獄の責め苦にあいましたか。

 話はそこで終(おわ)りません。元彼の娘はその後有能な女性編集者となって、セトウチさんの担当記者になる。絵に描いたようなというか、小説のようなお話ですね。私小説が何本も書けるように、セトウチさんの運命の女神が、小説家瀬戸内寂聴をどんどん導いてくれています。

 そして今度は画家。画家宣言と同時にライバルも出現。それが「上手い!」とは気が休まりませんね。これも小説になりますね。小説は小説家の業によって作品が生まれますが、絵とて業とは無縁ではないですよ。ピカソを始め世紀の天才は、それなりに業を背負っていますが、画家は一晩寝たら翌朝はケロッと忘れていますので、小説家に比べれば軽いもんです。なぜ軽いかといいますと、画家は全て創造も業も深刻に考えないで遊びに変えてしまいます。セトウチさんも二姉妹がシャクにさわるほど上手い絵を描いても、絶対誉(ほ)めないで、くさしまくればいいんです。二人が上手い絵を描けば、パクればいいんです。ピカソも画学生の絵をよくパクッて、相手をイライラさせました。だからピカソが来ると、皆んな絵を隠しました。ピカソは画学生の稚拙(ちせつ)さをパクったんですがね。セトウチさんは彼女らの上手さをパクればいいんです。なんだかもめそうですね。


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