その「それいゆ」の小さな店が復活した。最初は広尾の商店街の中だったが、広尾ガーデンヒルズの森のすぐ下の街角に移って、ぴったりの風情。

 坂を下れば、我が家から三分。

 懐かしくて時々、眺めていたが、ある時マスクを見つけた。緑地に白黒のひまわり、グレー地に紅と白で少女とひなげし、白黒の色変わり。デザインはさまざまだが、どれも独特のそれいゆ風である。すぐ手が出た。あの人にもあの子にも。美容室のスタッフ、我が家の秘書さんたち……。

 みんな少女の顔になって喜んだ。聞けば人気ですぐ売り切れるとか。人々は憂鬱なマスク生活にもおしゃれを取り入れ、楽しんでいる。辛いこと苦しいことに楽しみを見つける。庶民の知恵である。それに比べていまだに巨額の税金を使ったアベノマスクにこだわる何と無粋なことよ。

週刊朝日  2020年8月14‐21日号

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

著者プロフィールを見る
下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

下重暁子の記事一覧はこちら