樹木希林が死の直前に「死なないで。どうか生きて」と言った意味 内田也哉子が母から引き継いだもの (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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樹木希林が死の直前に「死なないで。どうか生きて」と言った意味 内田也哉子が母から引き継いだもの

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内田也哉子さん(左)と林真理子さん (撮影/写真部・片山菜緒子)

内田也哉子さん(左)と林真理子さん (撮影/写真部・片山菜緒子)

内田也哉子(うちだ・ややこ)/1976年、東京都生まれ。著書に『ペーパームービー』、『親と子が育てられるとき』(志村季世恵と共著)、『BROOCH』、翻訳書に『たいせつなこと』『岸辺のふたり』など。映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で第31回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。音楽ユニットsighboatのメンバー。夫は俳優の本木雅弘で、3児の母。新刊『この世を生き切る醍醐味』(朝日新書)、『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社)が発売中。 (撮影/写真部・片山菜緒子)

内田也哉子(うちだ・ややこ)/1976年、東京都生まれ。著書に『ペーパームービー』、『親と子が育てられるとき』(志村季世恵と共著)、『BROOCH』、翻訳書に『たいせつなこと』『岸辺のふたり』など。映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で第31回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。音楽ユニットsighboatのメンバー。夫は俳優の本木雅弘で、3児の母。新刊『この世を生き切る醍醐味』(朝日新書)、『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社)が発売中。 (撮影/写真部・片山菜緒子)

 昨年9月に俳優の樹木希林さん、今年3月には父でロック歌手の内田裕也さんを相次いで亡くした、内田也哉子さん。母の命日を前に、一緒に過ごした最期の日々や幼少期からの思い出など、作家の林真理子さんがたっぷりとうかがいました。

前編より続く

【内田也哉子さんの写真はこちら】

*  *  *
林:お母さまは、親しい人に「裕也とあんたの子がどうしてあんなに真っ当に育ったんだろう」って言われたそうですね。

内田:自分ではほんとにつまらない人間だと思っちゃうんです。いつも両極端な父と母の存在の中で育ってきたから、常にバランスをとろうとしちゃうんですよね。無意識のうちに中庸を望んでしまうというか。

林:だから芸能界にも興味を示さなかったんですね。

内田:そうですね。母が映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のオカンをやるときに、母と親しかったプロデューサーの方から「也哉子ちゃん、オカンの少女時代をやりなさい」と言われて出たり(日本アカデミー賞新人俳優賞)、ときどき知り合いに誘われて出させてもらってますけど、生意気ですが、演じたいわけでなく、人生のなりゆきという感じですね。

林:そして子どものときから憧れていた穏やかな家庭をつくって幸せに暮らしているわけですね。3人のお子さんのお母さんとして。

内田:理想とはほど遠いんですけど、私が19歳、(夫の)本木(雅弘)さんが29歳で結婚したときは、それまで私は男性とおつき合いもしたことがなかったから、すべてがカルチャーショックで、理想と現実とのギャップに文句を言ってみたり、ケンカをしてみたり、けっこういろいろあったんです。話がちょっと飛んじゃいますけど、今、長男が21歳で、21歳というのは私が初めて出産をした年。そして長女は今19歳で、19歳というのは私が結婚した年。さらに次男は今9歳で、私がアメリカに1年間放り出された最初の大きな転機が9歳だったんですね。だから今、子どもを見ながら、あらためて自分のそのころを振り返ると、なんて無謀な選択をしてきたんだと思って愕然としちゃいます。


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