97歳の瀬戸内寂聴に「遺書を早く書いて」と迫る人たち (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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97歳の瀬戸内寂聴に「遺書を早く書いて」と迫る人たち

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瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞

瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

 半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【写真】横尾忠則さんはこちら

*  *  *
■横尾忠則「真夏の『復興五輪』、誰を復興させるの?」

 セトウチさん

 書簡第四便です。ついに毎年恒例の熱中症になって、本当にパタンと倒れてしまいました。原因不明で手の指の数本がひん曲ってしまって、あんまり痛むので病院でレントゲン撮影中に突然、過呼吸と熱中症が合体して起ったアクシデントでした。そんなわけで商売道具が使いものにならず、目下開店休業中です。

 そして翌日、箱根神社へお参りに行って、七福神のおみくじを引いたら、過去2回とも寿老人の小さい金銅仏が出たんですが、今回3回目、また寿老人。寿老人は延命長寿の神なので、大喜びしました。まあセトウチさんも生き寿老人なので、この往復書簡もきっと長寿連載になるんじゃないでしょうか。

 と、そこで寿老人の金銅仏で想い出したことがあります。ある日、セトウチさんが電話で、「四国にコンドームを収集している人がいるので見に行かない?」と誘われてどれどれと行きました。周囲をグルリと仏像ばかりで飾られた部屋に通されたけれど、そこの主人は一向にコンドームを見せてくれません。僕はセトウチさんを突ついて、小声で「早くコンドームを見せてくれと言って下さいよ」と催促すると、セトウチさんはアメ玉みたいな目をして、「あんた、今何言うたの?」。「だから、コンドームですよ」と答えると、セトウチさんは、クシャクシャの顔になって、「あなた、馬鹿ねえ、コンドームじゃなく、コンドーブツと言ったでしょ、見てごらん、この部屋全部が金銅仏じゃないの、ハッハッハッハッ」。

 前回の手紙でインドの海岸でセトウチさんが黒い学生用の水着になって浜辺を駆けて海に飛び込んだ話を書かれましたが、もう一度、見物したぼくの視点から描写しましょう。10代の女学生時代に走り幅跳びで鍛えた往年の肉体美をインド人衆目の前で「ジャ、ジャジャーン」とお披露目! 坊主頭にタオルを巻いた水着姿の日本の尼さんとは誰も気づかないけれど、何かが海に向って走った。「見た!今の?」とインド人の好奇の目が集中する。ケサ姿のセトウチさんを見慣れているわれわれツアーの人間もこの異界のようなサプライズ的パフォーマンスには、口は開いたまま。これは悟った人間でしか真似はできません。いまだに瞼の裏に強烈にあの南インドの日没寸前の夕日の中での光景が焼きついて離れません。


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