三倉茉奈が語る「マナカナでブレークした『ふたりっ子』を乗り越える苦労」 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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三倉茉奈が語る「マナカナでブレークした『ふたりっ子』を乗り越える苦労」

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太田サトル週刊朝日
「ふたりっ子」「だんだん」の思い出を語る女優・三倉茉奈(提供写真)

「ふたりっ子」「だんだん」の思い出を語る女優・三倉茉奈(提供写真)

 放送中の「なつぞら」で100作目を数えるNHK「朝ドラ」。「マナカナ」でブレークした「ふたりっ子」からヒロインを演じた「だんだん」へ。女優として独り立ちを遂げる過程を三倉茉奈に聞いた。

*  *  *
 ドラマのデビュー作が、「ふたりっ子」でした。

 当時10歳だった私は、朝ドラというものが特別なものだとは思っていなくて、クラブ活動の一環のような気持ちで毎日楽しく撮影に参加していました。私たちの出番は最初の8日間で、放送前には撮影はすでに終わっていましたが、放送1日目から本当に世界が変わりました。「あ、レイちゃん、キョウちゃんや!」と、街で声をかけていただくようになり、そこでようやく子供ながらに、「朝ドラってすごいんだ!」みたいな(笑)。

 放送が始まって色々と仕事をいただくようになってからも、「ふたりっ子」演出の長沖渉さんは、「学校だけは行かなあかん。学校は今しか行かれへんし、忙しくなっても天狗にもなったらあかん」ということをずっと言って下さいました。ですから、その後も遠足や運動会、文化祭などの学校行事は一度も休んだことがありません。テストも受けて、受験もしてという普通の学校生活を送ることができたことは多くの方のサポートのおかげだと、本当に感謝しています。

 10代後半になって、朝ドラヒロイン役の年齢に近づいて来たときに、「いつかはヒロインをしたい」という思いが、実は内心ありました。「ふたりっ子」で演じたのはヒロインではなく、ヒロインの子供時代でしたから。でも絶対に口には出せなかった。

 大学に進学して3、4年たつと、周りがどんどん就活を始めて、授業にも学校にもこなくなってきて。自分のやりたいことを探して、自分で試験を受けてといった友達たちが、私には輝いて見えました。私も佳奈も大学卒業後もこの世界でやっていくと決めていたのですが、「これで本当に大丈夫なのかな?」と不安な気持ちになってきて。そんなある時、「NHKに来てください」という話をいただき、「なんだろう?」と思って行ってみたら、「朝ドラのヒロインをお願いします」と言われて。「えぇぇぇぇーーーーー!」と。卒業後に不安があった中でのタイミングだったので、「これからも役者をやっていいよ」と言われた気がして、すごく救われたというか、うれしかったですね。それが、2008年の「だんだん」でした。


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