イラスト/阿部結
イラスト/阿部結

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「引っ越し」。

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 考えてみれば、引っ越しとは不思議な言葉である。

 なぜ「引」という字を使うのか。かつては大八車やリヤカーなどの台車に家財道具を載せて、それを引っ張って運んだからだろうか。

 先日、大センセイ一家は引っ越しをすることになった。昨今は人手不足がはなはだしく、繁忙期はべらぼうな料金を取られるというので、二社から見積もりを貰うことにした。

 一社目の大手引っ越し業者の営業マンは、部屋の中をざっと見回すなり、平然と「五〇万ぐらいですね」と言い放った。五〇万!

 大センセイ、子供の頃からあらゆる物の値段を肉まんに換算する習慣があるが、五〇万円ということは、一個一〇〇円の肉まん、実に、五〇〇〇個分である。

 二社目の準大手は少し安かったけれど、それでも四〇万以上の金額(肉まん四〇〇〇個以上)を言ってきた。とても払えやしない。

 そこで我々は、妻太郎がネットで探し出した第三の“格安業者”に賭けることにしたのであった。

 第三の営業マンは、太って、ヨレヨレのスーツを着た男で、部屋に上がるなり勝手に炬燵に入り込むと、馴れ馴れしい口調で準大手と同じ金額を口にした。

「繁忙期はどこに頼んでも同じような料金だよ。だって、同じソフト使って計算してるんだからさ」

 そう、我々は無謀にも繁忙期のど真ん中に引っ越しを強行しようとしていたのである。

「遠距離だったら、三桁行っちゃう時期だからね」

 肉まん一万個……。売り手市場にもほどがある。

 と、その時、妻太郎が革命的な方法を思いついた。

「繁忙期の前に、半分だけ引っ越しするのはどう?」

 営業マンが、おもむろにパソコンを叩いた。

「おっ、行けるかもね」

 使うトラックは二トンのロングが二台。一台分の荷物を繁忙期になる前に運んでしまえば、大手の半額以下に料金を圧縮できることが判明した。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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