紆余曲折を経て1972年にはロックバンド「カルメン・マキ&OZ」を結成。

 75年には自ら作詞した「私は風」を発表した。

<あぁ もう涙なんか枯れてしまった 明日からは身軽な私 風のように自由に生きるわ ひとりぼっちも あぁ気楽なものさ>

 この曲が収録されたアルバム『カルメン・マキ&OZ』は10万枚以上をセールスし、当時のロックアルバムとしては異例の大ヒット。「私は風」は中森明菜・B’zなど多くのアーティストがカバーした。

「好き、惚れたとかのラブソングよりも、外に向かって書いてる詩が多いですね」

 マキさんが作詞作曲した『NORD~北へ』は、サックス奏者の阿部薫と作家の鈴木いづみの破局的な恋を歌ったものだ。

「彼らは稲葉真弓さんの小説『エンドレス・ワルツ』でも描かれています。あの詞の『誰よりも早く 誰よりも遠く 誰よりも強く 誰よりも深く』は阿部薫が亡くなったときに彼のポケットの中に入っていた殴り書きなんです。これを発端に曲を作りました。彼らは絶対に南には行かず、極寒の地、北を目指すだろうと。真剣に向き合って作品を作った結果、破滅に向かうアーティス達の歌を作りたかった」

 2011年に東北大震災が起こった後、『デラシネ』(根無し草)という歌詞を書いた。

「3.11の事故によって故郷を失って帰るところのない人が日本中にあふれていると思い、デラシネという言葉が漠然と浮かびました。あの時、原発問題にちゃんと向き合わなければ、いけなかったのに結局、日本は何も変らなかった。今は思考停止し、人の体温のようなものがあまり感じられない世の中になってきていると思えてなりません」

 マキさんは3・11まで自分の胸のうちにある孤独、デラシネ感は個人なものと考えていた。

「生い立ちからなのか、やっぱり私は1人なんだという孤独が子どもの頃からずっとありましたから…」

 しかし、最近は五木寛之の「デラシネの時代」(角川新書)という本も出版されるなど社会現象化しつつある。

「今の時代は日本中、みんな孤独を抱え、いつ『デラシネ』になるかわからない危機の中で生きているような感じがします。これまで根無し草って特殊な人に対する言葉だったけど、今はそうではないと思います」

 マキさんの中にあったデラシネ感を決定的にしたのは一昨年春。

「母が亡くなり、もう誰もいなくなり、本物のデラシネになっちゃった。でも私のようなデラシネ、たくさんいるでしょうという思いを込めて、歌っています。絶望感はあっても生を全うしないといけないなと思っています」

 今年でデビュー50周年となる。

「17歳から社会に出て歌ってきたので。唄うことしかできない私ですが、私の歌を聴いてくれる人がいるおかげだと思います。まさか50年も続けられるとは…。当時、マスコミには一発屋と言われましたが、その悔しさもあって。ざまあみろだよね(笑)」

(本誌 森下香枝)
週刊朝日5月3-10号より加筆