長生きできる? 江戸時代の“常識にとらわれない”生き方 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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長生きできる? 江戸時代の“常識にとらわれない”生き方

連載「「健脳」養生法――死ぬまでボケない」

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帯津良一週刊朝日#ヘルス#帯津良一
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

※写真はイメージです (撮影/多田敏男)

※写真はイメージです (撮影/多田敏男)

 住んだところは、京都の下町です。老人が隠居するには、自然に親しめて、のんびりできる場所がいいと思うのが普通ですが、そこも違いました。

 もとより、隠居するつもりなどなかったようです。市井の人となった後は、どこかに出来事があれば飛んで行って観察し、町の話題に耳を傾けて、それを丹念に記録したのです。

 この見聞をもとに『翁草』200巻を書き上げました。この『翁草』は江戸時代を知る第一級の史料として、今もなお生き続けています。

 そのうえ彼は、80歳になっても、1日に20キロから28キロ歩いていたというのですから、それも常識を超えた老人です。

 私には、一日京都の市中を歩き回った後、なじみの蕎麦屋さんあたりでひとり一杯やっている杜口の姿が目に浮かびます。これは当時としてはずいぶん洒脱な生き方だったのではないでしょうか。

 彼はこうして悠然と余生を送り、86歳であの世に旅立つことになります。静かで眠るが如くの最後だったといいます。人生の前半は病弱だった杜口が、80過ぎまで認知症などとは無関係にかくしゃくと過ごすことができたのはなぜでしょうか。

 私は常識にとらわれない彼の生き方に、その秘密があったと思います。常識にしばられることのない自分を持つことで、杜口の生命力は高まっていったのだろうと思うのです。

週刊朝日  2019年2月1日号


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帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

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