舞踊家・首藤康之が“言葉の世界の住人”になって感じた面白さ (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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舞踊家・首藤康之が“言葉の世界の住人”になって感じた面白さ

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首藤康之(しゅとう・やすゆき)/1971年生まれ。15歳で東京バレエ団に入団。19歳で主役デビュー。古典作品をはじめ、ベジャール、イリ・キリアン、ジョン・ノイマイヤー、マシュー・ボーンなどの作品で主演。自らプロデュース公演も務める (撮影/伊ケ崎忍)

首藤康之(しゅとう・やすゆき)/1971年生まれ。15歳で東京バレエ団に入団。19歳で主役デビュー。古典作品をはじめ、ベジャール、イリ・キリアン、ジョン・ノイマイヤー、マシュー・ボーンなどの作品で主演。自らプロデュース公演も務める (撮影/伊ケ崎忍)

 自己の存在は他者の視線によって規定される──。舞踊家の首藤康之さんが、哲学者サルトルの思想を強烈に認識したのは20代前半。首藤さんがもっとも影響を受けた振付家の一人モーリス・ベジャールさんの「3人のソナタ」という舞踊を、パリで見たときだった。

「男1人に女2人が、最初は美しく動いていたのが、やがてお互いの内面を引き出していくような動きになって、無言劇の中に、思想めいた何かを感じた。心がザワザワしたんです。ベジャールさんに、『モチーフは何ですか?』と伺うと、サルトルの『出口なし』だというので、日本に帰って、すぐ日本語訳を読みました。よく意味はわからなかったけれど、最後のほうに、『地獄とは他人のことだ』とあって。この作品と出会ったことで、普段は考えることのなかった“他者とは?”“地獄とは?”という問いかけを、自分の中にぼんやりと持つようになりました」

 肉体と思想が融合した作品を体験したものの、当時はまだ、言葉の偉大さや美しさを認識してはいなかった。身体表現は、時代や言語を超えて宇宙のように無限に広がるものだけれど、言葉は常に意味を限定してしまう分、不自由なのではないかと。

「でも、20年ぐらい前からストレートプレイにも出演するようになって、年を重ねるごとに、言葉への意識が変わってきました。特に昨年、舞台『豊饒の海』に出演したことは、僕の中でも大きな出来事でした。自分の肩書はただ一つ、ずっと“舞踊家”でありたいと思いながら、『豊饒の海』では、言葉の世界の住人にならないといけなかった。でも台本を渡され、セリフを何度も読んで、言葉を自分のものにしたときに、面白みを感じたのです。舞踊家としての表現とは違っても、三島由紀夫という人の大義や思想、何より日本語の美しさにどっぷり浸かれたことは、僕にとっても貴重な体験でした」


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