「7歳で親を養う覚悟をしたことが自立につながった」 83歳・美容家が個性を重視する理由 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「7歳で親を養う覚悟をしたことが自立につながった」 83歳・美容家が個性を重視する理由

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小林照子(こばやし・てるこ)/1935年生まれ、美容研究家。化粧品会社で美容を研究し「ナチュラルメイク」を創出。91年にコーセー取締役・総合美容研究所所長を退任後、56歳で「美・ファイン研究所」を設立。59歳で「フロムハンド小林照子メイクアップアカデミー」開校、83歳の今も「医療と美容の関係」に注目した活動実施 (撮影/写真部・片山菜緒子)

小林照子(こばやし・てるこ)/1935年生まれ、美容研究家。化粧品会社で美容を研究し「ナチュラルメイク」を創出。91年にコーセー取締役・総合美容研究所所長を退任後、56歳で「美・ファイン研究所」を設立。59歳で「フロムハンド小林照子メイクアップアカデミー」開校、83歳の今も「医療と美容の関係」に注目した活動実施 (撮影/写真部・片山菜緒子)

女性の働き方年表 (週刊朝日 2019年1月4-11日合併号より)

女性の働き方年表 (週刊朝日 2019年1月4-11日合併号より)

 1986年、男女雇用機会均等法が施行された日本。当時、大卒で入社した女性たちが5年後、定年を迎えようとしている。人生100年時代、定年後を「余生」と呼ぶには長すぎる。「余生」ではなく「未来」にするために、何が必要か。コーセーで女性取締役としても活躍した美容研究家の小林照子さんは7歳の頃から「親を食べさせていく」という使命感が生まれたと、キャリアカウンセラーの小島貴子さんに明かしました。

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小島:小林照子さんはコーセーに35年間勤務し、女性取締役として活躍し、現在はビューティーコンサルタントビジネスや社会活動を展開しています。日本の社会は、女性が自分を前に出すと「女のくせに」などと言われて正当に評価されないことも少なくありません。今よりもっと女性に対して厳しい時代を生きてきた小林さんですが、自立した背景にきっかけがあったのでしょうか。

小林:6歳の時に実父と死別し、継母の兄夫婦に養女として引き取られました。養父母は高齢でしたから、「将来面倒見てもらうことを期待して養女にしたんだ」と気づいた。7歳で親を食べさせていくんだという使命感が生まれたわけ。男(夫)に依存する発想もなかった幼少期、親を養わなければと覚悟したことが自立につながったのかもしれません。

小島:精神的な自立ができれば社会に出ていくことができ、社会で自立できると経済的な自立が付いてきます。社会に出る前の精神的な自立は不可欠なんじゃないかと思います。

小林:自立できない女性の多くは、自分で自分を縛っているの。女がこんなことをしたら恥ずかしいとか、女だからしてはいけないって。「実は誰もあなたのことを縛ってないわよ」って言ってあげたくなります。

小島:家庭を持つと、自ずと縛られてしまう女性は多いですよね。

小林:縛られたい人っているのね。縛られているから安心する。「だから、◯◯できない」って言えるでしょ。縛りを利用する生き方は、言い訳ができるから楽。そういう生き方をしていることに気づかないまま幸せに死ねるならいいけど、どこかで開眼しちゃうと不幸よ。夫が定年を迎えて家にいるようになってから「私の人生って……」って気づくとか。


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