時代小説は昔を題材にしながら今という時代を反映します。文芸評論家の縄田一男さんに2018年の3冊をあげていただき、ノンフィクションライターで時代小説ファンの長田渚左さんと対談していただきました。
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縄田:1冊目は飯嶋和一さんの『星夜航行』です。上下巻合わせて1100ページを超える大作です。
主人公・沢瀬甚五郎は逆臣の遺児ですが、庇護者を得てこれから人生が明るくなるかと思いきや、秀吉の朝鮮出兵に巻き込まれます。これだけ詳細に秀吉の朝鮮出兵について書いた作品はこれまでありませんでした。
作品のなかで徳富蘇峰『近世日本国民史』が巧みに用いられています。例えば、朝鮮出兵のあまりの惨状に朝鮮側についた兵士が大勢いた。甚五郎も加藤清正に反旗を翻して、秀吉に否を突きつける「降倭隊」の一員となります。
長田:下巻のほとんどが出兵の惨状ですよね。私は毎夜、物語がどうなっていくのか、気になってしょうがなかったです。この膨大な長編の魅力は、泥沼に足を取られてぐいぐい沈むような感覚で、半分おぼれるかと(笑)。
縄田:小西行長も今までの時代小説とは全く違う、信長を超えるほどの悪魔的存在として描かれています。
長田:最近は、書いたものを1秒とかからずに送ることができます。テレビのワイドショーではどれほど難しい事象も3分でコメントを出す。そうした速さの対極にあるのが『星夜航行』です。例えるならば、「文学のトライアスロン」。長いので読者も挑戦しなければならないのですが……。
縄田:執筆に9年かかったそうです。
長田:連載が5年で、手直しに4年。世の中とは違う時間のサイクルをお持ちなんですね。題名にあるように、様々なものが星に例えられて物語が展開していく。
縄田:星は常に正しい位置にあって、人を導くものである。しかし、それに逆らって道を誤ろうとする時、世の中に地獄が現れる。救済は、一心不乱に星を見つめ続けた者が持つ。寛容さをなくしつつある現代に対しての一種の異議申し立てとも言えます。
長田:現代は指針を失っている人が多い。道に迷う人々も、ある種の星だと描かれます。
縄田:飯嶋さんは出版社に縛られたくないと仰って、出版社主催の賞は全て断っておられるそうです。地方の文学賞はもらうけれども、出版社が関わる賞は辞退される。
長田:筋が通り過ぎるほど通った方ですね。
■文学史に残る『雲上雲下』
縄田:朝井まかてさんの『雲上雲下』は不思議な小説です。
長田:まさに新境地を開かれた。こんなに作家として自由になっていくのかと驚きがありました。
爺さんと婆さんが団子を追いかけて穴に吸い込まれて、おしゃべりなお地蔵さんと会ったりする。民話やファンタジーの領域を軽々と超えていく作品です。嫁が田螺(たにし)を産んだりする(笑)。読んでいて楽しい。
縄田:間違いなく現時点での朝井さんの最高傑作でしょうし、文学史に残る作品といっていい。