長田:携帯電話のCMで、三太郎シリーズがあります。彼らにとって、初体験の回転ずし。回ってくる桃を見て驚いていると、横から「弟よ」と囁かれる。不思議な味わいのCMなのですが、どこか『雲上雲下』にもつながるように思います。

縄田:断崖絶壁の大樫の袂に根を張る「草どん」がいて、子狐を相手に物語を聞かせる。六地蔵ならぬ団子地蔵があったり。

長田:子狐には尻尾がなかったり、山姥が出てきたり。

縄田:ところが、やがて草どんの潜在意識が明らかになると、物語が錯綜し始めて……。

長田:がらっと変わっていきます。

縄田:ラストにいくと、物語る者としての誇りをかけて、物語を守るべく反旗を翻す。読んでいてびっくりしたし、新聞の文化部の担当記者に「こんなすごい作品を読ませていただきありがとうございました」とお礼を言われた。こんなことは初めてです。

長田:とにかくいろんなことが展開する。雲の上から、雲の下まで。むずかしくて読めないところがどこにもない。深くて、ずいぶん笑わせてくれるのですが、真理と摂理を感じさせる。

縄田:今の朝井さんからは何が飛び出すかわからない。それにしても朝井さんのオリジナリティーを含めた説話、つまり物語の生産能力は、まったく目を見張るものがありますね。

■中堅どころが台頭した一年

長田:草どんが子狐に語る物語を読みながら、今は「聞かない時代」ではないかと思ったんです。しみじみ語り合うようなことは、無駄な時間として排除されている気がして。前は、暗闇の中でおばあちゃんが語ってくれるとか。私の場合だと、火鉢の前で聞いた記憶がある。

縄田:どこかなつかしいのも特徴の一つですね。

長田:ぜひシリーズとして続刊を出してほしい。将棋の世界だと、記者が藤井聡太さんは宇宙人ではないかと驚く。それと似たようなもの、突き抜けたものを感じます。

 物語の化学変化です。これとこれを混ぜたらこうなった、みたいな。そういう面白さです。これと似た作品というのはあるんでしょうか。

縄田:ないですね。

長田:落合博満が人の想像できない野球を次々やって「オレ流」といいましたが、「朝井流」といっていいのかもしれない。

縄田:最後は奥山景布子さんの『葵の残葉』です。

長田:これはある程度歴史が好きで知っている方が読むと、さらに面白いのではと。

縄田:それはそうですね。作者の切り取り方がうまい。主人公は、徳川の傍流である高須松平家に生まれた4人の兄弟です。次男・慶勝、五男・茂栄、六男・容保、八男・定敬。

 これだけの人物を書くとなると、凡手が書くと大河小説になってしまう。ところがそれを300ページくらいで収めている。主人公たちの心理描写や行動をうまく取り出している。歴史の切り取り方もうまい。

長田:中級以上の人向けですね。面白かった。カバーの蝶、ふわりふわり飛ぶアサギマダラが4人の悲運と重なります。

縄田:2018年は朝井さんはじめ、中堅どころの人がどんどん力をつけてきていることを感じました。

長田:19年はさらに楽しみですね。

(構成/小柳学)

週刊朝日  2019年1月4‐11日合併号