フロントガラスの向こうには、もう有頂天としか言いようのない満面の笑顔を浮かべて、ハンドルにしがみついている大センセイの姿があった。

「あなたに間違いありませんね」

「あはは、間違いないでしょうね」

「では、略式裁判をやりますんで、あちらの部屋へ」

 大センセイ、この一発で数万円の反則金を支払うことになった。車のローンを払い始めた矢先の反則金は、Nちゃんではないけれど、もう勘弁してくださいよと泣きたくなるくらい、痛かった。

 それにしてもオービスの写真はあまりにも鮮明で、そして大センセイ、あまりにもいいカオをしていた。

「あのー、その写真くれませんか」

「ダメです」

「だって、自分が運転してるところを前から撮ってもらえることって、あんまりないじゃないですか」

「ダメ、ダメ、ダメ」

 その後も大センセイ、何度もネズミ捕りにひっかかっては、その度に、冷や水を浴びせられたような気分になったものである。

 一発免停を食って適性検査を受けると、

「あなたは自動車の運転に向いていません」

 という結果であった。

 だから大センセイ、運転をやめたんである。車に乗るのは大好きだったけれど、やめた。人間の本性なんて、そうそう変わりはしない。

 近頃めっきり会わないけれど、Nちゃんはまだ駐車違反を続けているだろうか。

週刊朝日  2018年11月30日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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