「背骨は、円柱状の椎体などから成る椎骨が24個積み重なっています。その脊椎が一つつぶれると、周りの骨にも負担がかかる。2個、3個とドミノ倒しのように“骨折連鎖”を起こします。三つの症状のうち一つでも思い当たることがあれば、そのままにせず病院の受診をお勧めします」(同)

 冒頭の男性は数年前に、いつの間にか骨折を起こしていたが、痛みを取る治療だけをしていた。今回、骨折連鎖を引き起こしたようだ。

 椎体骨折を一つ起こすと、周辺に新たな骨折が起きやすい。約2割が1年以内に骨折連鎖を起こすという。痛みを我慢して放置すると、背中が丸くなる。肺活量が減少したり、食欲不振や睡眠障害を招いたりする。身体の機能が低下し、骨密度も落ちていき、股関節などの骨折リスクが高まる。

 高齢になるほど、骨折を機に介護の必要な状態になりやすい。要介護状態の人の8割は75歳以上の後期高齢者だ。転倒から寝たきりへの悪循環に注意したい。

 背骨の骨折の治療法を巡っては、新たな動きが広がっている。

 痛みだけならコルセットをつけて安静にする「保存治療」が一般的。足のしびれやまひなどの神経症状が出た場合、つぶれた骨の代わりに金属を入れて背中を支える手術「人工椎体置換術」などが行われている。この手術は背中を大きく切開するので出血量が多く、手術に5時間ほどかかる。高齢者は体力的に厳しい。

 そこで、近年注目されている手術法が「経皮的椎体形成術」だ。1990年代に米国で開発され、日本でもすでに約2万件の手術実績がある。2011年から保険が適用されている。

 経皮的とは、一般的な手術のように大きく切開しないやり方。この手術法は、まず全身麻酔をして、うつぶせの状態になり、背中を2カ所約5ミリずつ切開する。針を使って、骨折した椎体への細い経路をつくり、そこにバルーン(小さな風船)のついた器具を挿入。つぶれた骨のなかでバルーンを膨らませ、骨を可能な限り正常に近い形に戻し、セメントの入る空間をつくる。そこに、医療用の骨セメントを注入する。セメントが固まると、椎体が安定する。

 手術は30分弱で終わる。切開部分がわずかなため、出血もほとんどない。手術を含めて約1週間で自宅に戻れるという。

 実は、冒頭の男性が山本医長のもとで受けたのがこの手術だった。

「麻酔から覚めると、コルセットをつけたまま自分の足でトイレに行けました。4日後には退院でき、思い切って手術をしてよかったです」(男性)

 その後、新たな骨折はなく、骨粗鬆症を悪化させない薬を飲み続けている。早めの手術で骨折連鎖を防ぎ、要介護状態とならずにすんでいる。

 背骨が強く変形した人など一部の人は難しいが、多くの人が対象になる。山本医長が6年間で担当した手術約300件のうち、最高齢患者は98歳男性。全身麻酔に耐えられる体力があれば、高齢でも受けられる。

「98歳の男性は庭先でかがんだとき、背中に痛みが走りました。検査したところ、骨折がわかりました。高齢のため、お子さんは手術に反対しましたが、ご本人が『痛みを我慢できない』とお話しされ、手術しました。1週間で退院し、その後の外来に車椅子を使わず杖をついて歩いて来られ、お元気でした。要介護認定も受けていません」(山本医長)

 手術後3カ月はコルセットをつけるが、その後は普段どおりの生活を送れる。保険適用のため、「高額療養費制度」などの制度も使える。

 経皮的椎体形成術は、講習を受けた専門の認定指導医だけが執刀でき、全国で約2千人いるという。(村田くみ)

※週刊朝日 2018年11月9日号より抜粋