高橋優が燃え尽き症候群に!? デビュー8年目の苦悩 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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高橋優が燃え尽き症候群に!? デビュー8年目の苦悩

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高橋 優(たかはし・ゆう)/1983年生まれ。秋田県出身。2010年4月「福笑い」が東京メトロCMソングに起用され、7月にメジャーデビュー。15年「あきた音楽大使」に任命され、翌年から野外音楽フェス「秋田CARAVAN MUSIC FES」を開催(撮影/品田裕美、ヘアメイク/内山多加子(Commune)、スタイリスト/横田勝広(YKP))

高橋 優(たかはし・ゆう)/1983年生まれ。秋田県出身。2010年4月「福笑い」が東京メトロCMソングに起用され、7月にメジャーデビュー。15年「あきた音楽大使」に任命され、翌年から野外音楽フェス「秋田CARAVAN MUSIC FES」を開催(撮影/品田裕美、ヘアメイク/内山多加子(Commune)、スタイリスト/横田勝広(YKP))

 夢は何ですか──?

 メジャーデビューしたばかりの頃、インタビューでそう聞かれると、高橋優さんはこんなふうに答えていた。

「コンサートで全国を回って、一人でも多くのお客さんの前で直接自分の歌を届けたいです」

 昨年、その“夢”が叶った。全国37カ所を回るホールツアーでは8万人を動員。思い描いていた幸福は現実となった。すると、アルバムのための曲を書いているとき、妙な違和感に襲われた。

「パズルのようにコードや言葉を組み合わせれば、一応、曲はできていくんです。でも、そうやって曲を作っていくうち、自分の中で、“これは一体何の歌を歌っているんだ?”ってわからなくなった。音楽に対する危機感が薄れたというか、たぶん、一種の燃え尽き症候群的なものだったんじゃないかと」

 メジャーデビュー8年目を迎える年に、初めてぶち当たった“書けない壁”だった。

「シングル曲が6曲入ることになっていたので、僕が妥協すれば、一応、アルバムとしての体裁は整うんです。でも、僕はその時点で自分の曲にOKは出せなかった。苦しかったけれど、自分が音楽でやりたいことは何かを突き詰めて、原点に立ち返った。そうしたら一気に、心からの言葉と心からのメロディーが湧いてくるようになって……。今は、音楽制作が楽しくて仕方ないです」

 2年ぶりのオリジナルアルバム「STARTING OVER」は、葛藤の中で生まれた。そこには、彼らしい原色の青臭さや激しさ、原石のように武骨な優しさが無造作に転がっていて、全体を通して、高橋優という人間の原風景を垣間見たような、そんな気分にさせられる。自分の中に湧き上がる鬱屈や不満や怒りを隠さない彼の音楽を聴いて、救われる人もきっといるだろう。

「以前、僕のライヴを観た知り合いから、『優くんのライヴは、お客さんのいろんな感情のはけ口になっている気がするから』と言われたことがあります(笑)。でも僕自身は、誰かの気持ちを代弁するつもりは全然なくて……。もちろん、僕の音楽によって、少しでも不満や怒りが解消されるなら、それに越したことはないですけどね。僕はとにかくライヴが大好きなので、“こん畜生”って思う気持ちの中に、ユーモアも織り交ぜたい。インディーズ時代に作った『こどものうた』って曲で、僕は、女子高生のスカートの中を盗撮する教師や、子供をネグレクトする母親を、皮肉を込めて歌にしているんですが、ライヴでは、それこそ子供まで跳ねながらノッてくれる。あの構図は僕の理想です」

 いい歌を書いて、いいライヴをして、自分が生きて見て感じているものを、自分なりに表現することが、彼が音楽でやりたいことのすべて。

 そこにゴールはない。

週刊朝日  2018年9月21日号


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