稲本さんは「落ち着け、落ち着け」と自らに言い聞かせつつ、デッキに逃げ込んだ。携帯を取り出し、午後9時47分に110番通報したという。乗客は、現場から離れた車両に一斉に避難。通報を受けた乗務員がやってくると、シートの座面を外し、「いざというときはこれを盾代わりにして下さい」と説明した。

 乗務員の1人が小型のキャリーケースを盾代わりにして、12号車にいる容疑者へ近づいていく姿がみえた。稲本さんが後方からのぞくと、何か声をかけて説得している様子だった。

 容疑者は乗務員を一瞥したが、声かけには応じない。通路に仰向けに倒れた被害者の上に馬乗りになり、胸のあたりへと刃物を振り下ろし、めった切りにしていた。青い座席に挟まれた通路は血まみれで、被害者の男性はぐったりとした状態で動かない。小田原駅に緊急停車すると、ブルーシートに囲われてたんかで運ばれた。

「パニック状態となった車内で、容疑者は延々と無言で切りつけており、異様な光景でした。乗客がおろされた小田原駅のホームは、震えが止まらなかったり、泣いたりしている女性がたくさんいました。車内は阿鼻叫喚となり、私もしばらく膝の震えが止まりませんでした」

(本誌・中川透)

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