――ベストテンの司会を降板された理由を、後日「報道番組をやるのが夢だった」とお話されていましたが、その決断に至るまで、悩まれたのでは?

フリーの司会者がベストテンのような高視聴率番組を降りるのは非常識このうえない。黒柳さんを相手にベストテンの司会ができるというのは、ノーギャラでもみんながやりたい仕事なんですから。それを辞めるっていうのは、自分で考えてもあり得ない話ですよ。

――ご自身で考えてもおかしいと思うのに決断を?

「ニュースステーション」は、放送時間の関係でベストテンを辞めないとできなかったんです。あれは電通、テレビ朝日、僕が所属している事務所がタッグを組んだ報道番組でした。事務所の社長は、事務所の存亡を賭けている。テレビ朝日は、月曜から金曜までの番組を終わらせたわけですから、失敗したら相当の人の首が飛ぶ。電通も何人か首を賭けているというのがわかるわけです。みんながあの番組に夢を見ていた。だから、僕も賭けるしかない、と。

――73歳のいま、ベストテンを辞めた決断を、どう思われますか?

あれしかなかった。決まっていた道だと思いますね。ほかに選びようがなかった。70過ぎまで生きてみるもんですね。そういう思いになったのは、成長したからじゃないですか(笑)。

(取材・文/沖田十二)

週刊朝日 2018年2月9日号より加筆