小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」 (2/7) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」

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上田耕司週刊朝日

時代は終わったと語る小室哲哉(撮影・上田耕司)

時代は終わったと語る小室哲哉(撮影・上田耕司)

会見中に何度も涙ぐんだ小室哲哉(撮影・上田耕司)

会見中に何度も涙ぐんだ小室哲哉(撮影・上田耕司)

 年々、仕事が増えて、少しずつ音楽に向かわなければいけない時間が増えまして、僕がずっとKEIKOのサポートをするのは不可能なこともありまして、スタッフたち、家族の支援がないと、仕事が追いつかなくなくなってきたという状況が2、3年前くらいから始まったと思います。

 1年の2カ月、3カ月に分けて、実家と僕とスタッフが分担してサポートしていく方向でやってきた。音楽をしたいとか歌いたいということではなく、毎日どうやって、起きて、食事をして、余暇を楽しんで、どう寝るかという日々でのKEIKOのサポートをしてきたつもりです。

 2年ほど前、1カ月ほど仕事が忙しかったということがあり、僕はなぜかわからないですけども、C型肝炎になりました。結局2人でいると、お互い闘病みたいな形になってしまい、当たり前ですが、KEIKOは普通の家庭の奥さんではないので、僕の看病、見舞い、言葉をかける、という行為はなかなか難しい状況で、1人で闘病をしていました。

 病気の中でもテレビ(出演)であったりだとか、音楽創作は続けてしまいました。その間にKEIKOが何を思っていたかというのは想像の域です。

 おかげさまでC型肝炎が陰性になりまして、仕事に復帰した2016年くらいから、病気の副作用もありまして、突発性難聴に近いものに僕がなりまして、現在も左の耳がほぼ聴こえないです。

 今もキーンという音が鳴りっぱなしで、ストレスだろう、ということしかわからないみたいです。診断書によると、ストレスによる摂食障害、それから睡眠障害みたいなことで、8月に入院を1人でしました。

 A子さんを含む複数のお医者さま、看護師のみなさま、そういう方の協力を得ることが日増しに増えました。退院をしましたが、不規則な生活もありまして、通院のみでは治療は不可能な時期もありました。都内はいろんな場所にお医者さまが往診してくれる環境ですから、そういうのを利用させていただき、何とかしようとしてきました。

 順調に戻れたなという感じなんですが、耳鳴りがまだ治ってもいないですし、すぐ熱っぽくなったり。

 その中で、報道されたA子さんは早朝、病院の昼休みであったりとか、時には深夜イベント終了後であったり、ホテルとかに往診に来てくれることが度々、増えてきました。

 自宅でKEIKOがいる時にも往診には複数回、来ていただいてます。ついつい雑談につきあってもらったりとか、確実に僕の甘えなんですが、つきあってくださった。点滴もあります。すべて薬事法に基づいた医師の指示にもとづいたものです。そういう日々が17年のはじまりから後半くらいまでですかね。



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