家庭も女優業も両立させながら、優先順位をつけずに、目の前のことにただ精一杯生きてきた。5年ぶりとなる舞台は、井上ひさしさんの戯曲「シャンハイムーン」。広末さんは、野村萬斎さん演じる中国人作家・魯迅の妻・広平役だ。役に関して話す彼女の声は、誰もがイメージする声よりは少し低くて、落ち着いた雰囲気があった。トーンは違う。でも、紛れもない広末さんの声なのである。

「20歳をすぎた頃、大竹しのぶさんの舞台を観て、その声の出し方に、とくに衝撃を受けたんです。感情とキーの高さとがリンクしていて、高い声から低い声まで、自由自在に使い分けていた。それ以来、とくに声での表現を意識するようになったような気がします。気持ちと素材だけで芝居が通用するのは10代までだと肝に銘じて(笑)」

 舞台では、これまでつかこうへいさんや蜷川幸雄さん、野田秀樹さんら、日本を代表する演劇人に鍛えられた。つかさんとの初めての稽古のときは、学生運動の時代にタイムトリップさせられた気分になって、稽古場で号泣してしまったこともある。女優としても、一人の女性としても、濃密な経験を重ねてきたせいだろうか。今の彼女には、どんな時代のどんな国にいても誰もがハッと息をのんでしまうような、女性としての風格が漂っていた。(取材・文/菊地陽子)

週刊朝日 2018年1月5-12日合併号