北原みのり氏が“命の問題”について筆をとる(※写真はイメージ)北原みのり氏が“命の問題”について筆をとる(※写真はイメージ)
北原みのり氏が“命の問題”について筆をとる(※写真はイメージ)北原みのり氏が“命の問題”について筆をとる(※写真はイメージ)
 作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回は、炎上した「世界一大きなクリスマスツリー」から見える“命の問題”について筆をとる。

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 神戸開港150年の記念イベントが、炎上している。富山県に生育していた樹齢およそ150年の大木を神戸に運び、世界一大きなクリスマスツリーとしてギネス世界記録に挑戦するというもの。主催するのは民間企業で、イベント後には、樹木の一部をアクセサリーにして大手通販会社が販売すると告知しており、抗議の声が大きくなっている。

 主催者のホームページを見た。植物の会社を経営する30代男性が、思いを熱く語っている。何か社会の役に立ちたいと、この企画のために3億円借金したとか、ツリーにつけるオーナメントは命綱なしで自ら高さ30メートルの木に登り取り付けるとか、そのオーナメントがたとえ15万枚売れても億単位の赤字が残るとか、書いてあることが大木なみにデカくて、頭に入ってこない。一つ言えるのは、命綱は、つけたほうがいいよ。

 ネットでは、150年という時間を一瞬にして失う行為だ、生命の無駄遣いは許せない、という声が大きい。このように炎上した時は、責任者の対応が問われるものだけれど、デカい話好きの主催者側の反応は最悪だった。

「みなさんがこのツリーを見て、なにを考え、なにを思うか、それこそが本当のねらい」

 上から目線どころか、神目線。さらに、

「どっちの意見が正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、『そういう話をみんなでしようよ』ということなんです」

 と教えてくれている。

 議論の水準は全く違うけれど、作家の坂東眞砂子さんの殺しのエッセーを思い出した。もう11年も前になるが、日経新聞のエッセーで、飼い猫の避妊手術はせずに生まれた子猫は崖から落とすと坂東さんは書いた。“他の生き物の避妊手術を行う権利も、子どもを殺す権利もないし、どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない”、だから“子猫を殺す痛みと悲しみを引き受け、自分の飼い猫の生を全うさせる道を選ぶ”のだと。

 
 あの時、坂東さんが放った挑発的な矢をまともにくらった人たちは、坂東さんの“覚悟”を絶賛していた。唯一、私がしっくりきたのは笙野頼子さんの批判だった。笙野さんは小説、または言論を通して坂東さんには命への祈りがない、近代的な法の感覚もないことを指摘し、動物虐待を肯定するような論調への警鐘を鳴らしていた。

 動物虐待するな、という正論を笑う人がいる。“お前は殺生したことないのか、肉食ったことないのか、絶対的な正義などない、人間は矛盾の生き物だ、自己の責任において命を考えなければいけないのだ!”などと、一見、複雑な意味ありげなことを言っているようにみえるが、その実、人類の積み重ねてきた歴史や、祈り、時、言葉を無きものにする暴力なのだ。

 あれから11年。坂東さんの猫殺しの重さに比べ、クリスマスツリーの軽さが、時代なのだろう。でも、私たちに突きつけられている問題はとてもよく似ている。命の問題に「どっちが正しいはない」はない、と私は思う。

週刊朝日 2017年12月8日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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