北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
座間市で起きた9人殺害事件について筆をとる(※写真はイメージ)座間市で起きた9人殺害事件について筆をとる(※写真はイメージ)
 作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回は、座間市で起きた9人殺害事件について筆をとる。

*  *  *

神奈川県座間市の9人殺害事件は、あまりにも残酷だからだろうか、私の周りではこの事件について、語りたがる人が少ない。私自身、事件について考えると気味悪さに襲われ思考停止し、報道から目をそらしてしまう。

 特に被害女性らの名前と顔がずらりと並べられた時は、直視できなかった。被害にいたるまでの足取りを描き、どのような女性がどのような方法で「ターゲット」になっていったかを報道し、女子高校生に「死にたいとつぶやいたことある?」などと街中でインタビューするようなニュースには、悔しさのようなものすら感じる。この事件で「問題」とされているのは何だろう。まるで「SNSで死にたいとつぶやく女性の存在」が、この事件が明らかにした社会問題であると錯覚しそうなほど、容疑者の男の背景が見えてこない。

 これほどの大事件をおこした男の人生、彼が生きてきた背景、人間関係や価値観はどのようなものだったのだろう。そもそも動機は何だ。

 刑事史上最悪のこの事件は、様々な、今の要素が含まれているのだと思う。その中でも、男が風俗のスカウトをしていたことは一つの象徴だろう。

 
 週刊誌の情報によれば、男は女性の面倒見の良い、稼ぎの多いスカウトだったという。風俗店経営者にスカウトの話を聞いたことがある。風俗へのスカウトは違法とされてはいるが、スカウトが連れてくる女性の方が自ら応募してくる女性より「売り物になる」と教えてくれた。その方が美しく、御しやすいから、と。さらに入店後の女性のケアもスカウトがするので女性も長続きする。街で女性に声をかけ店に引き渡すのが仕事ではなく、むしろ、女性の話を親身に聞き「味方」であるように振る舞うのがスカウトの仕事だ。店はスカウトに、女性の売り上げの何パーセントかを支払い続けるか、または入店時に買い取る。買い取り料は、風俗だと平均8万円と言っていた。「買い取る」という言葉にギョッとしつつ、それが、男と男の間で取引される「女」という存在なのだ。彼はなぜスカウトを始めたのか。彼にはどんな世界が見えていたのか。

 既に、この事件を男一人で行った猟奇的快楽殺人のように語りはじめている人も多いが、解せないことはあまりにも多い。事件が発覚した直後、近所の女性が「男性2人が重たいクーラーボックスを持っていた」と証言していたが、あの証言はどこにいってしまったのか。彼は逮捕時にずっと顔を隠し続けていた。顔を隠す手には怪我の痕もなく綺麗だったことが目にやきついているが、逮捕時に顔を隠す社会性と、遺体を切り刻み家に止めておく猟奇性はどのように両立するのだろう。2カ月に9人。まるで仕事するように殺し続ける彼の背後にあった世界を、私は知りたい。

 今後、警察の捜査が明らかにしていくことは多いだろう。その時、私たちは本当に恐ろしい闇を見つめることになるかもしれない。社会の無意識は、この事件を本当には知りたくないと思っているのかもしれない。

週刊朝日 2017年12月1日号

著者プロフィールを見る
北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

北原みのりの記事一覧はこちら