作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は安倍政権に「裏切られ、切られた男たちの反撃が始まった」という。

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 いよいよ、安倍さんが追い詰められてきた。前川喜平・前文部科学事務次官が、「総理のご意向」文書を認め、「圧力を感じなかったといえばウソになる」とメディアに証言を始めた。またテレビの取材に答えて「政府の中でどのように意思決定が行われているのかを国民が知ることは民主主義の基本の基本だと思います」と語った。記者会見で汗だくで語る前川氏に対し、「怪文書」だと言い張る菅官房長官の涼しい顔が忘れられない。血も涙も汗も出なさそう、そんな涼しさが不気味だった。

 一部メディアが前川氏が出会い系バーに通っていたことを記事にした。そもそも既に一般人のオジサンの過去に、いったい何のニュース性があるというのだろう。現職大臣がパンツ泥棒だったという過去には沈黙した分だけ、今回の前川氏落としの記事は、「官邸のご意向」を匂わせるだけだ。ああ、でも、こんなことを書くと安倍さんは、「そういうのをね、あなた、イメージ操作というんですよ」「事実と違った場合、あなた、責任取れるんですか?」と逆ギレして怒るだろう。あまりにも安倍政権が長いので、安倍さんの切り返し方まで覚えてしまった。日常で、うっかり使わないように気をつけたい。

 裏切られ、切られた男たちの反撃が始まった。権力の内側にいた人なら、権力の次の一手など、きっと手に取るようにわかるだろう。怖くないはずがない。ここは一緒に大騒ぎしたい。

 先日、韓国の社会学者、康誠賢教授が来日し、日本で「慰安婦」問題に関わる研究者や支援者に向けてお話ししてくださった。康教授の専門は思想統制や自国民への虐殺の研究だが、近年は、日本軍「慰安婦」問題の資料収集に関わっている。

 印象的だったのは、朴槿恵政権時代のこと。日本軍「慰安婦」問題の研究には、国からの助成は一切されず、「日韓合意」に反対した研究者たちのブラックリストが存在すると言われ、康誠賢教授自身は「赤の大学教授」と噂を立てられたという。そのことを振り返って、康誠賢教授は、こう言った。

 
「自国民を虐殺した事件についての研究で感じたことのない恐怖を、『慰安婦』問題で感じたんです」

 日本にいるとわかりにくいが、韓国で日本軍「慰安婦」問題に関わる研究者や支援者は、朴槿恵政権時代、反権力側に立たされ続けてきた。私自身も韓国に行った時、「慰安婦」問題のデモには警察がべったり張り付く一方で、「北朝鮮抗議」デモの緩さには驚いたことがある。

 権力が自分に都合の悪い意見を排除し、圧力をかけていく力。お友達を優遇し、権力を私物化していく力。そういう力が私たちの自由を奪っていく。生活を脅かされ仕事を奪われるかもしれない恐怖の中で、人は自ら口を噤むのだ。でももうそんな空気、終わらせたい。

 安倍さんに辞めていただくための道筋が見えてきた。この機会を逃したくない。ただ残念なのは、日本には、文在寅クラスの代わりがいないという……。嗚呼。

週刊朝日  2017年6月9日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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