もともとはあがた森魚のソロ作から企画が始まったことを物語るように、作品の大半はあがた森魚による。小学校の頃にあがたにとってヒーローとなり、憧れを抱いた映画『海底二万哩』のネモ船長はじめ、少年の胸をときめかせてきた冒険浪漫。小樽、函館など港町に育った自身の原体験。1960年代に親しんできた甘酸っぱいポップスや、作詞、作曲を手がけるきっかけとなったボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」との出会いなど、ここ近年、改めてそうしたテーマと取り組み続けているあがた森魚ならではの作品が並んでいる。

 とはいえ、ここ最近のあがた森魚のアルバムとはいささか趣が異なるのは、言うまでもなくはちみつぱいに演奏を委ねての結果だ。先にもふれたサイケデリックなものだけでなく、マリアッチ風のトランペットの高鳴りやスティール・ギターが醸し出すカントリー・フレイバー、ドゥ・ワップ・コーラスも聞かれるロッカ・バラード風など、音楽展開は幅広く多彩だ。

 加えて、はちみつぱいのメンバーに作曲を委ねた共作品がそれぞれに味わい深い。フォーキーな趣にジンタの響きが重なる渡辺勝作曲の「虫のわるつ」。メランコリックな趣の本多信介作曲の「四月の雪」。港町の夜のしじまを背景に抱擁する男女が浮かび上がる岡田徹作曲の「真夜中を歩く」。あがたが手がけた郷愁を誘う大人の視線による歌詞は、時にモノクロの映画を思わせる陰影の表情にとみ、あがたの滋味のある歌唱も光っている。

 あがた森魚はここずっと1年に1作というハイペースでアルバムを発表してきた。そのきっかけのひとつとなったのは2011年の東日本大震災と原発事故であり、その風化を憂い、自身に出来ることを自問した結果、2020年までの10年、定点観察し続けることを自らに課したという。

『べいびぃろん(BABY-LON)』の最後を締めくくる作品であり、旧約聖書におけるバベルの塔や関東大震災で崩壊した浅草の凌雲閣が思い浮かぶ「べいびぃらんどばびろん」こそはあがたの決意を反映した作品だ。同曲についてあがた森魚は「根源的にいかほど過酷で困難で厳しくても、人類の深い知恵と深い愛は、まだまだ逞しく未来をめざす」と記している。

 あがた森魚&はちみつぱいの『べいびぃろん(BABY-LON)』は実に濃い!(音楽評論家・小倉エージ)

※週刊朝日オンライン限定記事

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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