落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「トーナメント」。

*  *  *

 トーナメントの「シード権」が昔から腑に落ちない。

 小学生の時、高校野球の千葉大会のトーナメント表を見ていて、1回戦を戦わない学校が数校あることに気づいた。はてな? 父親に「これは何か?」と問えば「シード校だ」と言う。

私「シード校って?」
父「強い学校だ」
私「強い学校ってわかるの?」
父「過去の成績をみて決めるんだ。ここは強いなって」
私「誰が決めるの?」
父「……甲子園の偉い人が決めるんだろう」
私「弱い学校もその人が決めるの?」
父「……まぁ、そんなとこだな」
私「強い学校は何で戦う回数が少ないの? 強いんだからいっぱい戦えばいいじゃん」
父「強いんだからわざわざ何度も弱い学校と戦う必要がない、ということだ」
私「なんで?」
父「どうせ1回戦は勝つんだからな。特別に2回戦からやらせてもらえるんだよ」
私「何でわかるの?」
父「さっき言ったろう! 何度も戦って強いってわかってるんだ、シード校は!」
私「強くて必ず勝つの?」
父「そうだよ! 弱いところとやってもしょうがないのっ!」
私「……だったら強い学校だけでやればいいじゃん! どうせ負ける学校は抜きにしてトーナメントすれば!?」
父「そんなのダメだろ」
私「なんで?」
父「どの学校も参加する権利があるんだよ!」
私「……どうせ負けるのになんで参加するの?」
父「結果はわからないだろ!?」
私「……え?」
父「やらなきゃわからないだろ。勝つか負けるかなんてっ!!」
私「『どうせ負ける』って言ったじゃん、さっき!」
父「勝つかもしれないんだよ!世の中に『絶対』はない!!」
私「『負ける』って言ったよ!」
父「『絶対』とは言ってないっ!! 勝負はやってみなけりゃわからないんだ!!……だからお前も勉強を頑張れっ!!」

 
私「今、関係ないじゃん!!」
父「関係ないよっ!! 関係ないけどな……あ、1回戦で強い学校同士が当たらないようにしてんだよ」
私「……? 何のこと?」
父「シードだよっ! お前が聞いてきたんだろがっ!!」
私「1回戦で強いチーム同士が当たったらダメなの?」
父「ダメだろ。トーナメントが盛り上がらないだろうが!」
私「最初に強い学校同士がやったら、逆に盛り上がるんじゃないの?」
父「強いチームが初めのほうで潰し合っちゃって、弱いチームしか残らなかったらトーナメントが寂しいだろ?」
私「……寂しい? なにが寂しいの?」
父「弱いチーム同士の決勝とか面白くないよ」
私「……そうかな?」
父「そうだよ! 絶対盛り上がらないって!!」
私「さっき世の中に『絶対』はないって言ったじゃんか!」
父「(遠い目)……なんでシードなんてあるんだろ。お父さんも不思議だよ。さ、ご飯ご飯」

 今、思えば大人が「降りた」瞬間かもしれない。勝負に絶対はない。頑張れ、侍ジャパン。頑張れ、高校球児。

週刊朝日  2017年3月31日号

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら