“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、経済政策に関して理にかなった発言もするトランプ米大統領に比べ、日本の政治家はビジネスマンの常識とずれていると指摘する。

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 3年半前、参議院議員になって本会議で初めて採決ボタンを押したとき、「これがあのボタンか」と感慨に浸ったものだ。不在だった隣席の議員のボタンを押し、辞職を余儀なくされた議員がかつていたからだ。

「(ボタン式採決の)悪用なんていう範疇に入らないですよ。悪用ではなくバカ用だ」。昨年に引退された江田五月・元議長が怒りをあらわにされたことを思い出す。政治家には世の常識とずれた人もいるようだ。

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 1月20日、通常国会が始まり安倍首相が施政方針演説をした。その夜にトランプ米大統領の就任演説も聞いたが、経済運営に関して日米は正反対だと感じた。

 トランプ氏は、空調大手キヤリア、自動車大手フォードなど、メキシコ進出を図る米系企業に圧力をかけた。海外移転企業に「国境税」を課すなど、海外展開に待ったをかけている。

 一方で、日本政府は日本企業の海外進出を後押ししようとしている。

「日本企業の海外展開を阻害することなく(中略)外国子会社合算税制を見直す」(麻生太郎財務相演説)

「企業の海外展開を在外公館と一体となって支援します」(岸田文雄外務相演説)

 といった具合だ。トランプ氏は「企業は国内にいろ」と主張し、日本政府は「稼ぎの場を求め、海外に出ろ」と逆方向を求めている。

 空洞化が進んで日本人の職が減っても、日本政府は文句を言わない。海外企業を日本へ呼び込む努力も怠っており、日本への直接投資額は異常に低い。

 政府は働く人の賃金改善のため、企業に賃上げを求めるなど枝葉の政策に終始している。賃金もモノやサービスと同様に需給関係で決まるのだから、空洞化を防いで海外企業を誘致することが賃上げには重要だ。

 外資企業を日本に呼び込むには、日本人の労賃を円安によって相対的に安くすることと、金銭解雇を可能にして人件費を固定費から変動費に変えることが不可欠だ。それは日本人労働者のためでもあるし、正規や非正規の差もなくなる。

 
 日本企業が海外進出して儲ければ、日本は潤うではないか、と言うなかれ。外国人株主が株式の多くを保有していれば、儲けも海外へ流出してしまう。投資の果実を受けたいならば、何も日本国籍の企業の株主にならずとも、外国籍企業の株主になっても同じだ。

 トランプ氏は問題発言も多いが、こと経済政策に関しては理にかなった発言もある。就任前に「ドル高は米国人の仕事を奪うから問題」と主張していたこともそうだ。

 ただでさえ国力より安すぎるドルをさらに安くするのは、大統領といえども無理なこと。ただ、「景気浮揚には通貨安がよい」と指導者が理解しているのは強みだ。日本の政治家は「為替は動かないほうがよい」という感覚で、ビジネスマンの常識とずれている。

 トランプ氏は自身がビジネス界出身なだけでなく、ゴールドマン・サックス出身者のような実務経験者を政権に大量に組み込もうとしている。ただでさえ強い米国経済は今後も一人勝ちしていくのではなかろうか。

週刊朝日 2017年2月10日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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