幸美さんは、電通の担当者に長時間労働の証拠として、タイムカードの提出を求めた。出されたのは「36協定」(労働基準法36条に基づく労使協定)の特別条項で認められる月70時間未満の時間外労働と記載されたものだった。

 16年2月、弁護士を依頼し労災申請した。

 電通からさまざまな資料を取り寄せると月に100時間を超える時間外労働という、信じがたい勤務実態が明らかになった。

 また、まつりさんが電通の先輩などに相談していたメールから、長時間の残業が問題になると、「社内飲食」、つまり会社で一杯飲んでいたことにしろと、上司から命じられていたこともわかった。

「最初、電通からは亡くなったまつりの事務的な手続きの方が来る程度でした。そういう段階から、いろいろ聞いて資料を出してもらい、また交渉をしてと生まれてはじめてのことばかりで大変でした。その結果、当初の私への対応と弁護士への説明がまったく違いました。相手を見て説明を変える、とてもひどい会社だと思いました」

 16年9月末、労災申請が認められ、東京労働局と三田労働基準監督署が労働基準法違反の疑いで電通の本社(東京都港区)と支社数カ所に一斉に立ち入り調査。今年1月には電通と、再発防止策や慰謝料などの「合意書」が交わされた。

 一連の責任を取り、辞任した石井直・前社長からも幸美さんは直接謝罪を受けた。

「合意書と聞いた時、かなり考えました。裁判をして徹底的に闘うことも考えましたよ。でも、こちらの要求は大半、受け入れてくれた。裁判は、素人の私にとってはあまりに負担が大きく、合意書にサインしました。こうして一定の合意とはなりました。ですが、まつりは帰ってきません。電通に言いたいのはまつりを帰してほしい。まつりを抱きしめさせてほしい。ただ、それだけです」

週刊朝日  2017年2月10日号より抜粋