トランプ大統領の当選から揺れる米国の為替相場。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、円安ドル高の是正が進むのでないかという予測に異議を唱える。

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 米大統領選でトランプ氏が当選した昨年11月以降、為替相場は一変した。1ドル=102円から一時118円台まで円安に。そんな最中に、テニス仲間のマキさんからメールが来た。

「いくら為替予想が当たったとはいえ、明日の講演会でふんぞり返ってはいけませんよ。謙虚にね」。「大丈夫、大人ですから」と返事したものの、モルガン銀行時代に部下のウスイ嬢からよくこう言われたことを思い出した。「支店長、ときどき自分が小学生みたいだなと思いませんか?」

 子供のようになるのは、相場が荒れたディーリングルーム内だけのはず、と自覚してはいるのだけれど。

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 昨年12月27日付の日本経済新聞朝刊「2016けいざいあの時」に〈円相場は1カ月余りで約17円の円安に転じ、国内の景況感も急速に改善した〉とあった。この記事からもおわかりのように、円安は最強かつ最も安上がりな経済対策だ。昔から穏やかな円安政策さえとっていれば、財政出動も異次元の量的緩和も必要なく、財政も日銀も危機に陥らなかったのに、と残念でならない。

「米国製造業に悪影響だから、トランプ氏はいずれ円安ドル高の是正にかじを切る」とのコメントを最近よく聞く。大統領選後は大幅な円安とのイメージがあるが、一昨年6月の125円と比べれば、118円台はまだ円高の水準と言える。

 昨年1年間でみて、ドルは対ポンドで16%余り、対ユーロで3%上昇したが、対円で逆に3%下落した。大統領が大慌てするレベルとは思えない。

 大慌てしても、米大統領が為替動向を決めるのは現実問題として不可能だ。為替市場は巨大で、ファンダメンタルズ(基礎的条件)に反した誘導はできない。米経済一人勝ちの状況でのドル安は無理だろう。

 
 影響力が及ぶのは、資本規制や介入によって人為的に国力以下に抑えている中国元の元高への修正だろう。そして、ファンダメンタルズ以上の大幅な円高の、円安への修正も。円安誘導はできても円高誘導は無理だろう。

 金融市場で30年間大きな勝負を続けたわが経験からすると、ドル円相場に最も大きな影響を与える要因は「日米金利差」と「経常収支の多寡」だと思う。

「受取利息の累計より、満期時の為替損失のほうが大きい」と思わない限り、人は金利の高いドル債に投資する。ドル高要因になる。日米の金利差は今後さらに広がるだろうから、そのモチベーションは強くなろう。

 経済学の教えでは、経常収支が悪化すると、通貨安か長期金利上昇、またはその両方が導かれる。昨年2月に1バレル=27ドルだったWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート:原油先物)の価格は53.72ドルで年を越えた。原油価格上昇は日本の経常収支悪化の大きな要因だ。

 私は1985年からマーケットに身を置いてきたが、経常収支動向と日米金利差が同じ方向を向く(円安ドル高)のは、三十数年間で初めてではなかろうかと思う。

 一時的な動きはともかく、強烈な円安ドル高が今後進むと考えている。

週刊朝日  2017年2月3日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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