「伊藤さんと鈴木さんの行き違い。本当に残念だ。時代とともに飲み食いの手法、経営も変わっていく。それら全部に対応していくというのは大変なこと。鈴木さんは次の時代に対応するため、ネットとリアル店舗の融合を図るオムニチャネル戦略を次男の康弘さんにやらせて進めようとしたけど、反対した連中が彼をつぶしたんじゃないか。だけど、僕はオムニチャネルは次の時代の英雄になるんじゃないかと思う」

 その後、都内のホテルにある鈴木氏の事務所で会い、話したという。

「元気だったよ。鈴木さんは80歳を超えて、ご自分でもそろそろ会長職を交代せんといかんと思っていたと淡々としていたよ。セブン&アイの大株主であるアメリカの投資ファンドの意向もあったようだね。鈴木さんが次男に世襲しようとしたとか言われているのは、ちょっと違うと思う。あまり言えないけどね」

 創業家回帰と世襲──。経営者にとっては永遠のテーマだが、清水氏自身、実弟に世襲し、大失敗した経験があった。

 1982年、実弟の三夫氏に社長の座を譲り、社長からいったん会長に退いたが、結局は取締役会で三夫氏を更迭した。

「弟にいっぺん譲ったけど、うまくいかなかった。世の中はバブルに踊った時代。弟も財テクに走りすぎた。あのときはつらかった。自分じゃできない、もうね。だから取締役会で解任したんだ」

 清水氏には娘が2人いて、娘婿が2人いるが、世襲には懲りたという。

「娘婿は流通業のリーダーというタイプではない。会社は大きくなると社会の公器だから、世襲では生き残れない。僕ももうダメ。対応できないと思った」

 2006年3月、三菱商事から招いた岩崎高治氏に社長を譲った。現在、ライフコーポレーションは三菱商事の関連会社となっている。

「岩崎さんに社長を譲るとき、私が考えたのはうちの正社員は6千人、準社員は4万7千人もいる。こんなに大勢の人のいるライフを維持するには、自分が創業者だなんてことにこだわっていたら、ムリだ。会社が消滅する。それで思い切って、私が持っていた持ち株20%を譲って、岩崎さんの社長を認めてもらった。現在は岩崎さんを含めて6人の幹部が三菱出身です」

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