北原みのり「フェミへの道は憧れから」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)
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北原みのり「フェミへの道は憧れから」

連載「ニッポン スッポンポンNEO」

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北原みのり「フェミへの道は憧れから」(※写真はイメージ)

北原みのり「フェミへの道は憧れから」(※写真はイメージ)

 作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏がフェミニズムを意識したきっかけを明かした。

*  *  *
「なぜフェミニズムに関心を持ったんですか?」

 ライター仲間の集まりで出会った20代の女性にそう聞かれた。ウィキペディアなどによると、エロ本会社で働いたことをきっかけにフェミニズムに関心をもったとあるが、本当ですかと。

 ウィキなどには私が知らない私のことが書かれていて、ドキッとする。やってないこと、考えてないこと、知らない経歴、知らない肩書……。適当な嘘や、誹謗中傷、事実と違うことが「事実」として書かれるストレスは、やはり大きい。特に女性言論人は攻撃対象になりやすく、エロ画像が送りつけられたり、嘘を喧伝され実生活にまで影響を受けている人も少なくない。しかも一度でもターゲットにされると、しつこくつきまとわれることになるのに、それは見えない敵に一方的に刺されるようなもので、闘い方もとても難しい。ほんと、ネット虐め・ネット差別にどう対応していったらいいのかしら……と、最近、女性の物書きと会うとそんな話によくなる。

 ……と、話はずれてしまったが、そう、フェミニズムだ。何か辛い経験があってフェミになったのか、というようなことを聞かれることは多い。実際にそういう人もいるのだと思うけれど、私が初めてフェミを意識したのは、怒りという感情ではなく、強い憧れだった。あれは10歳の冬で、市川房枝さんが亡くなった日だ。

 新聞やテレビで市川さんの死は大きく取り上げられた。私はもう釘付けになったのだ。なんて凄い人なんだろう。若い時からずっと、女のために闘ってきたんだ。お婆さんになっても、闘ってたんだ。その物語にキュンキュンした。それは多分、多くの男が坂本龍馬に無批判にトロンとする憧れと、似ているのかもしれない。

 熱しやすい私は、すぐに模造紙を買い「市川房枝新聞」をつくり、学校の廊下に貼り出した(自由な学校でしたね)。市川房枝って凄いんだよ!と、自分のことのように誇らしく、私も市川さんみたいなかっこいい女になりたいと願った気持ちを覚えてる。女性への憧れ、それが私のフェミニズムの根っこにはあるのだと思う。というか、フェミニストとしての私のピークは10歳の時だったかもな。

 と、まぁ、そんな話を私は超盛り上がって語ってしまったのだけど、なんと、その場にいた20代の女子たちは「市川房枝って、だれ?」という顔をしていたのだった。知らねぇのかよ! 一人「知ってます!」という女性がいたのだけど、「その人って、菅直人が裏切った人ですよね」……マニアックすぎるだろう!

 というわけで、日本の教育に正式に異議を申し立てたいと思います。市川房枝が忘れ去られる社会、おかしくないですか。そして、男尊女卑社会で命がけで闘ってきた女の話を、女自身が忘れちゃおしまいよ。物書きの女として、女の人生に光を与えた女の物語、もっと書いていきたいと、改めて思いました。

 というわけで、一年、ありがとうございました。2017年も、週刊朝日フェミ部なニッポンスッポンポン、どうぞ、よろしくお願いします。

週刊朝日 2017年1月6-13日号


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北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

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