未唯mie「ピンク・レディー時代は仮眠45分、毎日微熱」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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未唯mie「ピンク・レディー時代は仮眠45分、毎日微熱」

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デビューのきっかけは「スター誕生!」(※イメージ)

デビューのきっかけは「スター誕生!」(※イメージ)

 1976年にピンク・レディーとしてデビューした未唯さん。じっくり振り付けの練習ができたのはデビュー曲だけというほど、多忙だった彼女が、その当時を振り返った。

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 デビューのきっかけは、ケイ(増田惠子)と二人で出場したオーディション番組、「スター誕生!」です。あのときは、サロペット姿の素朴な格好で、フォークソングを歌って合格しました。もともと歌って踊る歌手を目指していたのですが、合格するためにあえて静岡の田舎娘ふうにしようと相談して決めたものだったんです。おかげさまで合格できたのですが、「そのままその路線になっちゃったらやだねぇ」なんて話してたら、最初についた名前は、「白い風船」というフォーク調のものでした(笑)。だけどその後、私たちのためにレコード会社や雑誌社なども交えた大型プロジェクトチームが結成され、路線は一転、名前も作曲家の都倉俊一先生のアイデアで、「ピンク・レディー」に決まりました。デビュー曲は、「ペッパー警部」。脚を開いたり閉じたりする独特のステップも注目されましたが、あれが意外に難しくて、ケイはなかなか雰囲気がつかめなかったようです。デビュー当時は事務所の下宿で一緒に暮らしていたのですが、夜に下宿の部屋でドタバタするわけにもいきませんよね。「ケイ、こんな感じだったよ!」と、街灯の下、一生懸命練習しました。


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